今回のロシアGPで、2番手を走るセバスチャン・ベッテルが「(トップの)バルテリ・ボッタスと較べて、どこで一番タイムを失っている?」と、無線で訊いてきたのは10周目だった。彼のエンジニアであるリカルド・アダミの返答は「多くはセクター1だ」というものだった。前戦のバーレーンでもそうだったが、ロシアGPで再び、メルセデスは低い空気抵抗(=ダウンフォースの少ない)の軽めのリヤウイングのパッケージを選んできた。バーレーンではそれが功を奏しなかったが、ここでは違っていた。少なくともボッタスにとっては良いパッケージだったと思う。優勝できたのだから。なぜ、メルセデスはそのようなセッティングをしてきたのだろうか? その理由を考える前に、まず今回のロシアGPの舞台であるソチ・オートドロームの地図を見てもらいたい。
ここの第1セクターはターン4とターン5の間にある。見て分かるようにターン1はコーナーではなく、ターン2が実質的な最初のコーナーとなる。そしてターン3は大きく180°回る高速コーナーだが、今年の幅広くなったタイヤとダウンフォースの増えたクルマの組み合わせだと完全に全開となる。つまり、ドライの場合、ここはコーナーではなく、加速していくだけの直線と同じ扱いになる。
それだけに、この第1セクターにはターン2とターン4のふたつのコーナーしか存在せず、残りは直線だけだ。クルマによって違うが、だいたいターン2はレース中で120km/hで、そしてターン4は140km/h程度で通過するコーナー。常識的にはダウンフォースをつければ、それらのコーナーでのブレーキングスタビリティは向上し、ブレーキング時間も少なくなり、通過スピードは上がり、そして出口でのトラクション性能も上がるということになる。これはこのサーキットの他の部分でも同じで、第3セクターでのゲインは大きくなる。それとは逆にリヤウイングを小さいものにすれば(ダウンフォースを少なくすれば)、1260mのホームストレートと1070mのバックストレートでタイムを稼げることになる。
メルセデスは予選時から軽めの リヤウイングのセッティングをしてきたので、第1セクターは予選トップだったが、第2セクターでも第3セクターでも予選では、そこでのトップタイムを刻めず、フェラーリの後塵を拝した。そこで下の表1を見てもらいたい。スピードトラップの数字を持ち出すと、「また同じテーマかぁ~」とこのコラムの読者に言われそうだが、今回のロシアGPは、あまりにもメルセデスとフェラーリの差が大きかったので使わせてもらった。
■表1:各ドライバーのレース中のトラップスピードと第1セクタータイムの相関性
これはセーフティカーが戻った後の4周目からではなく、5周目からのデータだ。各ドライバーの左側の3ケタの数字がスピードトラップでの数値であり、その左側が第1セクターに要したタイムだ。5周目から20周目にした理由だが、スリップストリームの影響をあまり受けていないデータを見たかったから。
ベッテルの場合、前のボッタスとの差が3秒以上になったのは10周目からだ。これを見ても分かるようにボッタスはトップを走り、DRSもスリップストリームも使えない状態、つまり単独で平均的に312km/h以上のスピードを出している。ところがベッテルの場合、301km/hとその差は11.6km/hもある。
これはエンジンパワーの差ではなく、空気抵抗の差だ。細かい理屈は省くが、逆にメルセデスとフェラーリのドラッグ(空気抵抗)が同じだったと仮定した場合、このスピード差はパワーに置き換えると、70馬力以上の差になるからで、パドックの専門家連中の話だと、今年の両パワーニットの差はほとんどない。そして第1セクターのタイム差は平均してメルセデスのほうがフェラーリより0.244秒速い。これは予選時に第1セクターでトップだったルイス・ハミルトンと3位だったベッテルの0.247秒とほぼ同じだ。
メルセデスがダウンフォースを減らす(=ストレートで速い)セッティングにしたのは、1ストップ戦略で、戦略を使って抜けるチャンスは一度しかないため、コース上で抜こうとしたから……と考えるのは間違いではないが、それだけでは説明不十分だと思う。第2セクターは長いストレートがあるので、コーナーで失うタイムをストレートで挽回できるかもしれないが、100~130 km/hの低速コーナーが連続する第3セクターで大きくタイムを失うからだ。
事実、メルセデスのレース中の第3セクターは、フェラーリのキミ・ライコネンが28.568秒でトップタイムだったのに対し、9番手(ボッタス/29.154秒)と10番手(ハミルトン/29.182秒)で、多くのチームに遅れをとっている。もちろん低速コーナーが連続するということは、トラクションをかけるところが多いということで、リヤタイヤをサーマル・デグラデーションからかばう意味もあって無理な走りをしていなかったのだろうが。
メルセデスがこの空力セッティングにした第2の理由は、レース後のベッテルの記者会見でのコメントにヒントがある。自身が悪い蹴り出しではなかったと言うベッテルは「ここの(スタート位置からターン2までの)ストレートは長すぎる。僕はトウ(スリップストリーム)を使えなかった。それに向かい風……10~15 km/hの風があった。それが彼(ボッタス)を助けることになった」と語っていた。
ここはポールポジション位置から実質的な1コーナーであるターン2のエイペックスまで985m(加速時間にして14秒強)あり、今年のカレンダーで最も長い。ボッタスがベッテルのスリップストリームを使ったのは最初の300m……7速にシフトアップするところまでだ。その後はベッテルと並走になったので、スリップストリーム効果は得られていない。もちろん、そこまでの勢いがあるものの、彼はベッテルのスリップストリームを出てからの車速の伸びが、この軽めの空力のお陰で非常に良かった。スタート直後のそこに向かうアプローチスピードを、スピードトラップで較べてみよう。
■表2:オープニングラップでのトラップスピード
ターン2は大きな減速になるのと、そのレイアウトから例年、スタート直後の接触が多い。それだけにハミルトン、マックス・フェルスタッペン、そしてフェリペ・マッサは早めにスロットルを戻しているが、トップの3人はきっちりとスピードトラップのあるところまで踏み切ってきる。
スリップストリームを使えなかったベッテルは303km/h、ホイールスピンが多く蹴り出しで出遅れ、一旦は4番手スタートのハミルトンにやられそうになった。しかし、上手く前ふたりのスリップストリームを使ったライコネンは305 km/h、そしてトップでターン2に飛び込んだボッタスは、なんとベッテルを5 km/h(秒速にして1.4mほど)上回る308 km/hでスピードトラップを通過している。向い風、軽めのダウンフォース、グリップの良い奇数グリッドでベッテルの真後ろのスタート位置、そしてスリップストリーム、全てがボッタスに味方し、彼は楽々とトップに立ち、ベッテルにブレーキングで刺し返されることなくターン2に飛び込んでいった。
そしてメルセデスが軽めのダウンフォースにした理由としてもうひとつ考えられるのは、このソチ・オートドロームが非常に燃費の悪いコースだということだ。フォーメーションラップのやり直しでレース距離が1周減り、そしてスタート直後のロマン・グロジャンとジョリオン・パーマーの事故で3周ほどセーフティカーが出たため、それで楽になったかと思われた。
しかし、データを見ると、実際には厳しいチームもあったようだ。表1をもう一度見て欲しい。ボッタスと同じメルセデスのパワーユニットを使うフォースインディアに乗っているオコンのトラップでのスピードを見ると、あるパターンがあることに気づくだろう。そう、11周目以降、彼のスピードトラップでの速度が1周ごとに上下しているのだ。表には20周目までのデータしかないが、7位入賞したオコンはこれをチェッカーフラッグ3周前までやっている。
「やっている」と書いたのは、これが外的要因やトラブルを受けたものではなく、ドライバーが意識的に行っているという意味で、彼は燃費を良くするために、1周ごとにリフト&コーストをやっていたと考えられる。グリップの良いタイヤと空気抵抗の多い今年のクルマだと、フリー走行での車載カメラを見る限り100mマーカー付近が通常のブレーキングポイントになっているようだ。
しかし、オコンの数値を見る限り、彼はスピードトラップの置かれたところより前、150mマーカーないしは200mマーカーからスロットルを戻していたようだ。ところがボッタスの数値を見ると、単独トップ走行という最も燃料を喰う不利な位置を走っていたにも関わらず、リフト&コーストをやった形跡が全くない。当たり前だが、空気抵抗が少ないクルマは燃費が良くなる。同じメルセデスのパワーユニットを使っていても、空力の効率の良し悪し、そして空力セッティングの違いで、これだけの差がでるのだ。
メルセデスの2台はレース中、ややオーバーヒート気味だったようだが、それも空気抵抗をギリギリまで小さくしようとした現れだと思う。あれだけ空気抵抗の少ない小さいリヤウイングで走れて、それでいてオーストラリアGPやバーレーンGPで見られたタイヤの問題も(ボッタスのロックアップを除いて)レースではほとんどなかった。今回はメルセデスのほうが、フェラーリより多くをカバーできていたと思う。さすがチャンピオンチームだ。
個人的には、ボッタスがバックマーカーに捕まった26周目終了時に、アンダーカットを狙ってベッテルはピットストップしても良かったかなと思う。その時のボッタスとベッテルのギャップは2.5秒。タイヤのデグラデーションが少ないレースだったので、そのギャップではフェラーリがメルセデスを逆転できる可能性は低かったと思うが、実際に彼らがベッテルにやらせたように、スティントを伸ばすより有効な戦略だと思うからだ。これは下のグラフを見て欲しい。
◆2017シーズンの記事
◆AUTHOR PROFILE
KAZUHITO KAWAI
F1のテレビ解説&レポーターとしてお馴染み、“川井ちゃん”こと川井一仁。多くのF1ドライバーやチームスタッフから「Kaz」のニックネームで親しまれる、名物ジャーナリスト。1987年からF1中継に参加し、現在まで世界中を飛び回り精力的にグランプリ取材を続ける。
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