ファッションデザイナー、音楽プロデューサー、ミュージシャン、大学教授、そして、スノーボーダー。多岐に渡る才能を活かして様々な東京カルチャーを仕掛ける傍らで、スノーボード界の最大手ブランド・BURTON「AK457」のクリエイティブディレクターを務める藤原ヒロシ(以下HF)。あらゆる肩書きを持つアーティストとして名を馳せるHFのライフスタイルにおいて、スノーボードが占める割合は意外にも大きい。ファッションや音楽シーンでの活躍が目覚ましいため影を潜めているのかもしれないが、冬になると生活の中心にスノーボードが存在するのだ。
2月某日。彼のスノーボードトリップに同行するチャンスが舞い込んできた。目的地は、豪雪地帯として知られる酸ヶ湯が麓に位置する青森・八甲田山。毎年必ず訪れるというホームマウンテンへ、HFは愛車であるベントレー・ベンテイガで向かった。
旅の始まり
少し緊張していた。前職で取材させていただいたことは何度かあったものの、トリップに同行するのは初めてであり、HFの友達も大勢駆けつけると聞いていたので、さぞかしセレブなトリップなのだろうと想像していたからだ。僕は新幹線で移動することになっていたためギアの送付先を聞くと、どうやら山荘のようだ。HFと山荘? 山荘にベントレーで? 少なくない疑問を抱きながら、一路青森までの片道切符を握りしめて東北新幹線に乗り込んだ。
八甲田に行ったことはもちろんある。極上な雪が豊富なことで有名だが、高級なホテルがあるわけではない。初日は青森市内のホテルで集合することになっていた。到着が遅くなった僕は夕食を青森駅周辺で済ませた後、ホテルにチェックインすると、取材チームのスタッフから「ヒロシさんの部屋に集合しましょう」とのお誘いが。自ら手掛ける雑誌を手土産に、HFがディレクションするコンセプトショップ「THE PARK・ING GINZA」で昨秋行われた、AK457のローンチイベント以来の再会を果たした。世間話を交えながらミーティングを少々。リラックスした雰囲気での顔合わせを終えて、その日は床についた。
翌朝。ホテルの前には英国製SUVが2台。ベンテイガとレンジローバーが停まっていた。HFが所有するベンテイガに乗るよう指示されるも、当の本人はレンジローバーに乗っており、肝心のベンテイガは取材チームのスタッフが運転するという状況。ウン千万もするクルマにも関わらず、だ。「運転させるほうもするほうもすげーなー」と心の中でつぶやきながら、25年に渡るスノーボード人生でもっとも快適な雪山への移動となった。
藤原ヒロシとスノーボード
ここで、HFのスノーボーダーとしてのキャリアについて触れておこう。1993年にリリースされた、現代スノーボードの礎を築き上げたと言っても過言ではない名作ビデオ『ROADKILL』に魅了されるところからすべてが始まった。
「今はやってないですけど、当時はスケートボードをやってたこともあって、これは面白いんじゃないかと思って始めました。『ROADKILL』って、まるでスケートボードの雪上版みたいだったじゃないですか。あれを観て、 ヨッピー(江川芳文)とかSTORMYでスケートをやってるような子たちがスノーボードをやり始めて、そのなかに僕もいた感じですね」
「最初はスケートボードの延長線上という感じで、飛んだり180とか360をやってて、スケートじゃできなかったトリックができたり、スケートじゃ絶対に出せないスピードや飛距離を体感して、それでハマりました。そして、現在はvisvimを運営する、当時BURTONのマーケティングにいた中村(ヒロキ)くんと知り合って、そのつながりでウエ(植村能成)とナル(吉村成史)と滑るようになったんです。(新潟)関温泉に泊まり込んでずっと一緒に滑りながら、少しずつバックカントリーの世界に目覚めた、というか連れていかれて(笑)」
その頃のシーンはハーフパイプが全盛で、パークが少しずつ普及し始めていた時代である。しかしHFは、パイプやパークで培ったフリースタイルスキルを自然地形で表現しようとしていた日本のトップライダーたちと行動をともにすることで、最先端のスノーボードを経験してきた。彼らとフリーライディングに没頭した日々を積み重ねてきたからこそ、HFは滑りがとても上手い。
「ナルが関温泉にいて、ちょうどその年はウエもずっと泊まり込んでいて、あと(高橋)信吾もいたんですよ。1回バックカントリーに連れていかれて、そのときは(バックカントリーの)初心者だったから埋まりまくって……。しかも関温泉の雪はかなり重いので苦労したけど、すごく楽しかった。それがキッカケで、東京から泊まり込みで通うスタイルを繰り返すようになったんです。ちょうどゲレンデで滑ることに飽きてきていた時期だったと思うんですけど、そこからずっとパウダーやバックカントリーを中心に滑り続けてますね」
藤原ヒロシのライフスタイル
初日は12時頃からのスタート。この日の東京は最高気温が20℃近くだったそうで、2月の八甲田であれば最高気温はマイナスの世界なのだが、0℃前後まで上がっていた。
八甲田と言えばロープウェーと、“スノーモンスター”と称される樹氷が有名だ。しかし、山頂付近が強風だったためロープウェーは運休しており、まずはリフトで足慣らし。コンディションがそこまでよくなかったこともあり、初日は2時間ほど滑って終了。ゲレンデ内に位置する山荘に戻った。
八甲田を訪れたことはあるものの、この山荘に宿泊するのは初めてだ。HFや有名スタイリスト、そして取材チームのスタッフ全員と相部屋だった。Wi-Fi環境も整っており、それぞれがなんとなく自分の居場所を確保しながら各々の時間を過ごす。今回のトリップで、HFは常にPCでデザイン制作など作業をしているようだった。それでいて、周りの会話に鋭い意見で切り込む場面に何度となく出くわした。
「ひとつのことに集中するよりも、そういうほうがはかどるタイプなのかもしれません。常に何かしていたいタイプですね。ヒマ恐怖症なんで(笑)」
かのルイ・ヴィトンとのコラボや自身のデジタルメディアである「Ring of Colour」、フレグランスブランドの「retaW」、京都精華大学の客員教授……など、HFの仕事は枚挙にいとまがないわけだが、こうした時間の有効活用が彼の舞台裏にあるのだ。だからこそ、超多忙なアーティストでありプロデューサーにも関わらず、シーズン中はこうしたトリップを繰り返せるのかもしれない。
「ほぼ毎週行ってますね。こっち(八甲田)に3日間くらいいることもあれば、夕方東京を出て1泊で関温泉に行くこともあるし。水上だったら日帰りでも行きますよ。朝イチに行って、お昼くらいまで滑って、15時くらいには原宿の事務所に戻って仕事ができますしね」
彼にとってはスノーボードもライフワークのひとつ。職業・藤原ヒロシは、絶え間なく動き続けているということだ。
カリスマの素顔
夕方になると、大粒の雪が勢いよく降り始めた。降雪情報のニュースで頻繁に登場するほどの豪雪地帯として知られる酸ヶ湯が麓の八甲田だけに、本領発揮といったところか。晴天率がかなり低いことでも有名なこの地は、それだけ“よく降る”ということだ。
明日は八甲田山ガイドクラブによる案内のもと、バックカントリーツアーに出る予定になっている。ロープウェーの始発を待つために8時半集合ということになり、パウダースノーへの期待が高まるなか、HFが同じ部屋で川の字になって寝るという違和感に慣れないまま布団に潜り込んだ。
起床。スノーシューやポール、ビーコンなどを準備して集合したのだが、無情にもロープウェーは運休のようだ。だが、雪は昨日から降り続いているので、ゲレンデ内でも十分にパウダーが楽しめるコンディション。気を取り直して、八甲田を熟知しているHFによる案内のもと撮影がスタートした。
オープンバーンのパウダーはすぐに喰い荒らされたので、ツリー内で撮影することになった。斜度はそれなりにあり、ツリーの間隔はタイト。後半はレギュラースタンスのヒールサイドでのトラバースが強いられる。何本か繰り返し滑ったのだが、HFのツリー内での軽快な動きには驚かされた。スピードもさることながら、ラインどりの上手さが光る。
「オープンバーンよりもツリーのほうが僕は好きですね。初めて滑るロケーションだったとしても、狭いところに入っていくと、パーッとラインが見えてくるじゃないですか。この木と木の間を抜けた開けたところでターンを切って……こういうシミュレーションって普段はやらないことだし、それがすごく楽しいんですよね。行きたいと思うラインが見えてくる、あの感じが気持ちいい」
HFのラインを参考にしながら後ろを滑っていたので、何度かリフト乗車をご一緒する機会があった。「トラバースしてるだけでも楽しいよね」という言葉を耳にしたとき、この人は本当にスノーボードが好きなんだと痛感させられた。また、その日の雪質をすぐに見極め「今日は走る雪だからスピードの出し過ぎに気をつけてね」と周囲にアドバイスするなど、心配りも素晴らしかった。
「ロープウェーが止まってて残念だったけど、リフトでもかなり面白かったですね。とにかく雪がよかった。すごく走る雪だったから楽しめました。いつ来てもコンディションが微妙に変化しているから飽きることはないです。年や時期によって地形も違いますしね。あと、メンバーが変わるだけでも面白い。今回の取材チームと来るのも初めてじゃないですか。そういうのもすごく楽しいんで。僕は、職業差別とか上下関係が嫌いなので、若い子でも年上でも同じレベルで話そうとするタイプなんですよ。街でもそうなんですけど、雪山に来るとその意識がもっと強くなりますね。山荘心理というか……肩書きがなくなるじゃないですか。それがすごくいいんです。そういう雰囲気がすごく好き」
この話を聞いて美談すぎると感じる読者諸兄姉もいるのかもしれない。僕自身もこのトリップが始まるまでは、藤原ヒロシが山荘? というギャップを理解できずにいた。しかし、2日間行動をともにすることで、HFの言葉がリップサービスではないということが十二分にわかった。それは、スノーボードに対する貪欲な姿勢にも表れており、山小屋で津軽弁の年輩の方々とコミュニケーションを図っている姿を見ていても強く感じた。
持ってる男
ついに最終日。この2日間、ロープウェーが動くことはなく、降りっぱなしだった八甲田。ロープウェーが運行さえしてくれれば、間違いなく最高の一日が待っている。
前夜にHFへのインタビューを行っていたのだが、このようなことを話していた。“天気図を見て降雪状況を読みながら仕事のスケジュールを組んでいるのですか?”という質問をした際の答えだ。
「そんな感じでもないけど、わりと当たる確率が高いと思います」
翌朝。山荘のロビーに集合すると、ロープウェーが動いているとの情報が。その日には東京に戻るスケジュールだったため、クルマだと8時間近くかかることを踏まえると午前中勝負だった。始発からロープウェーは動き出し、平日にも関わらず長蛇の列が。“持ってる男”、そう思わざるをえない展開である。
およそ10分で山頂駅に到着。幾多のスノーモンスターが迎えてくれるなか、八甲田山ガイドクラブ隊長である相馬浩義氏によるバックカントリーツアーがスタートした。ひさしぶりの本格的なバックカントリーに緊張感と期待感が膨らむなか、最初のポイントへと向かう。歩きとトラバースでたどり着いた斜面は、幅・長さ・斜度ともに適度なオープンバーンだった。フォトグラファーの立ち位置についても的確に指示し、軽快にターンを刻むHF。ライディングスキルはもちろんのこと、撮影慣れしている様子がうかがえた。僕も同じ斜面を滑らせていただいたのだが……もちろん最高。スピード感が麻痺するようなあの感覚と浮遊感に溺れていた。
そして、次なるポイントを目指し、スノーシューを装着して移動することに。晴れとまではいかなかったものの、眼下に青森市内が一望できるほどまで天候は回復していた。ガイドの相馬氏を先頭に連なっての移動だったのだが、途中で先頭のほうを歩いていたHFが待っていて、僕と取材チームの間に入った。推測だが、あえてわれわれ取材チームの中に入ってくれたのだろう。こうした心遣いがうれしかった。
厳しい登りはほとんどなく、スノーモンスターを脇目に黙々と歩く。大自然と向き合いながら歩いているだけでも高揚してくる。“楽しい”。心の底からそう思えた。
「バックカントリーの面白さは、やはり非日常なところですね。バックカントリーを滑る以外で山に入ることがないから、あの異空間に入った感じがとてもいい。ゲレンデみたいに音楽が流れているわけではないし、あの静けさは非日常。都会にいたら無音ってことはないですから」
前夜にこう話してくれていたHFの言葉が身に染みる。ああ、来れてよかった。そうした言葉を時折交わしながら歩いていくと、次なるポイントに到着。先ほどよりも長く、斜度もあるように感じた。ドロップポイントの少し先がノールになっていて全貌は把握しづらかったが、間違いなく最高の斜面である。
ここでもHFは的確にフォトグラファーを誘導し、先ほどよりも豪快に、かつ繊細なラインを刻んでいく。それに続くツアー参加者たち。そして、後半に僕もドロップイン。余りあるノートラックの面ツルバーンを選びながら滑り終えると、自然と「ありがとうございます」という言葉を発していた。それほど充実した一本だったのだ。
生粋のスノーボーダー・藤原ヒロシ
下山途中にも贅沢なパウダーを味わいながらツリーを抜けると、道路にぶつかった。そこに待機していたバスに乗り込み、山荘へと戻る一行。大人の遠足はこれにて終了だ。みな、一点の曇りもない澄んだ表情を浮かべているように感じた。
山荘で少しのブレイクを挟み、各々帰路へ着く準備に取りかかる。HFは愛車のベンテイガを覆い尽くしている雪を掻いていた。雪に埋まるベンテイガ、その雪掻きをする藤原ヒロシ。このトリップに参加しなければ、どちらもイメージできなかっただろう。だが、今回の旅を通じてわかったこと。それは、藤原ヒロシは生粋のスノーボーダーであるということ。そして、これほどまでの著名人にも関わらず、まったく飾らない人格者であるということだ。
僕はバスで新青森駅へ向かわなければならなかったため、その発車時刻が差し迫っていた。“ヒロシさん、今回はいろいろとありがとうございました”と挨拶を済ませると、こんな答えが返ってきた。
「これを恒例行事にしましょうよ。ここに来れば、年に一度は必ず会えるっていう」
素敵すぎるインビを受けた。HFの人間力があってこそではあるが、お互いの距離感をグッと縮めてくれるスノーボーディングという遊び。
最高だ。