バックヤード・ウルトラ2019年チャンピオン、マギー・グタール
© Kevin Liles / Sports Illustrated Classic / Getty Images
ウルトラ ランニング

【Big’s Backyard Ultraとは?】優勝ランナーが語る伝説のバックヤードウルトラ

バークレイ・マラソン考案者が手がけた世界初のバックヤードウルトラとして有名なウルトラマラソンイベントが2020年10月17日に再び開催される。2019年を制した女性ランナーがそのすべてを語った。
Written by Katie Campbell Spyrka
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2019年10月、テネシー州ベルバックル。コロラド州出身、39歳のウルトラランナー、マギー・グタールは72人のウルトラランナーと “最後のひとり” を争うビッグレースに挑むべく夜明けのスタート地点に並んでいた。
彼女が知っていたのは、「全長6,706mのループコースを1時間以内で周回する」を、1時間を超えてしまうか、棄権するか、最後のひとりになるまで続けるということだけだった。
レースの名前は “Big’s Backyard Ultra / ビッグス・バックヤード・ウルトラ”。完走者がほとんど出ないことで有名な悪魔のウルトラトレイルラン “バークレイ・マラソン” の考案者ラザレス・レイクが考案したもうひとつの悪魔のレースで、“バックヤード・ウルトラ” のオリジナルとして知られている。
日中はレイクの所有地内の森林トレイルルート、夜間は人気(ひとけ)のない舗装路ルートを走るこのレースは、24時間周回を重ねると(=24周)ちょうど100マイルになるように調整されている。
不安を感じた瞬間は何回かありましたが、頭の中から消し去りました。自信はかなりありました。誰も私には勝てないという意識を無理矢理でも持ち続けるんです
マギー・グテール
終わりのないレース” として知られるビッグス・バックヤード・ウルトラは、ゴール距離が設定されていない。ランナーが最後のひとりになるまで、1時間の周回が延々と続く。そして、スタートから60時間250マイル(約400km)が経過したあと、前年の同レースで183マイル(約293km)を記録していたグテールがリベンジに成功し、ビッグス・バックヤード・ウルトラの7年の歴史で初めてとなる女性優勝ランナーとなった。
カフェイン減量からマッシュポテト、幻聴、マントラまで、グテールが “ゴールなきレース” のすべてを教えてくれた。

何があっても止まらない

米国最速ウルトラマラソンレースのひとつとして知られるBrazos Bend 100など、数多くのレースで優勝してきたベテランウルトラランナーのグテールは、2018年のビッグス・バックヤード・ウルトラを制したスウェーデン人ウルトラランナー、ヨハン・スティーンから2019年に向けてのインスピレーションを得ていた。
「あの年の彼は “絶対に止まらない。何も自分を止めることはできない” と言い聞かせていたんですよね。このマインドセットが私にも上手く機能しました」
グテールは本番前の数ヶ月間のトレーニングでこのマインドセットを自分のものにしていった。「自分のものにするまではある程度の時間がかかります。“絶対に止まらないと言い聞かせるだけだし、簡単だ” という話ではないんです。時間をかけて自分の中に染みこませていくんです」

ストレングスとコンディショニングを倍増

2018年にも183マイル(約293km)という素晴らしい距離を走っていたグテールだったが、臀部と腸脛靱帯に問題が生じたことで棄権に追い込まれてしまった。
「2018年はすべてが台無しになってしまいました。ですので、2019年に向けてストレングストレーニングの量を増やしましたし、ストレッチヨガも取り入れました。レース中も何かトラブルが発生すれば、手に負えない状態になる前にメンテナンスしていました」
グテールのストレングストレーニングには、地元コロラド州のジム、The Vaultでの定期的なセッションが含まれていた。
「The Vaultはサーキットトレーニングウエイトリフティングをメインにしているジムなんですが、彼らのワークアウトメニューを取り入れたり、バンドウォークプランクスクワットなどの自分専用メニューに取り組んだりしました」

ラントレーニングはゆるめ

仕事とトレーニングを上手く組み合わせているグテールは、1日に2回走る時もあった。また、ビッグス・バックヤード・ウルトラに向けてはRugged Runningに所属するコーチ、ミシェル・イェーツのアドバイスで週2回のスピードトレーニングも取り入れた。
ハイペースのハイキングや高地でのスローランを数多くこなしたことが有利に働きました。多くのランナーはスローペースのランニングやレース中のウォーキングに慣れていないからです
マギー・グテール
また、グテールは本番をシミュレートするために、トレイル舗装路をミックスしていた。「トレイルだけを走っていたら舗装路でダメージを受けてしまうでしょう。舗装路だけならトレイルでダメージを受けてしまいます」
このような柔軟性がラントレーニングを楽しいものにしていた。「標高2,256mに住んでいるので、ハイペースのハイキング高地でのスローランを数多くこなしました。これが本番の大きな助けになったと思います。多くのランナーはスローペースのランニングやレース中のウォーキングに慣れていないからです。私は基本的にこれだけでした。ゆるいメニューでしたね」

高地・長距離のラントレーニングもあり

ラントレーニングは全体的にはゆるかったが、グテールは高地・長距離のトレーニングも2回行った。そのひとつが、獲得標高4,267m・距離64kmを10時間以上かけて走破するレースTelluride Mountain Runで、彼女は2位でフィニッシュした。
もうひとつが、自主的に取り組んだ100kmソロランだった。このランで地元コロラド州デュランゴを囲む7峰の山頂制覇を狙ったグテールは、15時間でこのチャレンジをクリアした。
「このソロランは大きな目標のひとつでしたね。ビッグチャレンジでした。最高でした」と振り返るグテールは、このソロランを終えたことでビッグス・バックヤード・ウルトラへの準備が整っていることを自覚した。「走り終えたあとそこまで疲れていなかったんです。この事実が大きな自信になりました」

カフェインのテーパーリング

レース中にカフェインの高めるために、グテールは本番の数週間前からカフェイン摂取量を減らしていった。
「100マイルレースでは、カフェインを1回摂取したあとは、切らさないために摂取し続ける必要があります。ですが、距離と時間がどこまで続くか分からないレースでは、そのようなプランは採用できません。ですので、日頃のカフェイン摂取量を減らして、レース2週間前にはゼロにしました。気分は最悪でしたね(笑)」とグテールは語るが、レースでは大いに効果があったようだ。
「カフェインの効果を実感できました。ブーストを得ている感覚がありましたね」

意識は “1周ずつ”

「結果について考えたり、先に待っていることを考えたりすると頭がパンクしてしまいます」と語るグテールは、最初の80kmが最も単調で辛いと振り返る。「自分のペースで走ろうとするのですが、集団に捕まってしまう時があるんですよ」
しかし、幸運なことに、ビッグス・バックヤード・ウルトラではそのようなトラブルにはほとんど見舞われなかった。「本気で辛かったのは眠気と疲労に襲われた時だけですね。ですが、カフェインを楽しみにして走り続けました。 “まずこの1周、この1周を終わらせればカフェインだ” と言い聞かせてレースを続けました」

約15,000カロリーを消費

「何日も連続で走るためには大量のカロリーが必要になります。ですので、飲料だけではなく正式な食事も追加するのがベターです」と解説するグテールは、1時間に約250カロリーを消費しながら、レース終了までに約15,095カロリーを消費した。
食事の大半はマッシュポテトだったが、他にもピエロギ、ワッフル、朝食用サンドウィッチなどが用意された。特に朝食用サンドウィッチは彼女にとって大きなモチベーションになった。
「レース前に、ある友人が月曜朝(3日目)にサンドウィッチを欲しい人がいるかどうかをランナーたちに尋ねたんです。多くのランナーは “その頃にはもうレースを終えているからいらない” と答えていたんですが、私は “チーズとエッグのサンドウィッチをお願い!” と頼んだんです。そのあとはそのサンドウィッチのことをずっと考えていました。 “頑張れ。あのサンドウィッチを食べるんだ” と言い聞かせていました」

優秀なチームがバックアップ

2018年のビッグス・バックヤード・ウルトラから学びを得ていたグテールのチームは、レース中に発生する可能性がある様々なトラブルへの準備を完ぺきに整えていた。
「素晴らしいチームに恵まれました。本当に最高のチームで上手くまとまっています。膝が腫れたり、腸脛靱帯に痛みを感じたりしたら、ロックテープなど必要に応じたギアで対応してくれました」
「また、友人のアメリアがマッサージガンを持ち込んでくれていたので、私の筋肉をほぐしてくれましたし、ジェンがTENSユニット(経皮的末梢神経電気刺激)を購入したので、次の周回までパッドを貼ってくれました。とても助かりましたね」

極度の睡眠不足

グテールは60時間超のレースでほとんど睡眠を摂れなかった。「走り続けていれば身体が眠らないリズムに慣れていくはずだと考えていました。ですので、1日目の終わりは1、2分寝ただけですし、2日目も5分ほどでした」
このような超短時間でもリフレッシュできたのだろうか? 「できるわけないですよ(笑)。 “ただの睡眠でしょ” と自分に言い聞かせて、あとはカフェインを楽しみに走り続けました。次の1日がスタートする直前の集会でカフェインを摂取して、気持ちを高めていました」

睡眠不足による幻覚

レース中の自分を悩ませたのは幻聴でした
マギー・グテール
睡眠不足が幻覚を引き起こしたが、視覚への作用に恐怖を覚えることはなかった。「もちろん、森の中で切断された頭部や巨大な顔も沢山見ましたが、別に怖くなかったですね。自分を悩ませたのは幻聴でした。囁く声がやたらと聞こえるようになり、何回も振り向きました。あれは不気味でしたね。うなり声も沢山聞こえました。奇妙な体験でした」

マントラで危機を回避

疲労によってペースが落ち、脚がふらつき、思考が不安定になってくると、グテールは自分のマントラを繰り返した。
「完全に集中が切れていて、脚もふらついていたので何回か転倒してしまいました。ですので、そこからあとは、脚がふらつき始めたら “脚を上げろ” と言い聞かせるようにしました。また、先のことや4日目の乗り越え方などについて考えた時は “集中!” と言っていました。こうすることでその瞬間に意識を戻すことができました」
「あとは、20分経過の目印にしていた木を23分で経過して “大変。急がないと!” と思った時もありましたね。そこから先はペースが落ちているなと思ったら “ペース!” と言っていました」

レース中にライバルたちに探りを入れた

レース中、グテールは他のランナーに状況を報告しながら彼らの調子を確認していた。
「たとえば、 “このまま100時間は続くんじゃない? 4日目もいけそう?” などと他のランナーに声をかけていたんです。こうすることで彼らのリアクションを調べていました。多くのランナーは “無理、無理。自分は72時間くらいでカットオフされると思う” などと言っていました。私に言わせれば、カットオフを予想している時点でその人の優勝はないのと同じです」

最後の数時間は興奮していた

睡眠不足のまま3日間走るレースに参加すれば最後はボロボロになるはずだと予想している人は少なくないはずだが、グテールのラスト数時間を支配していた感情は興奮だった。
「3日目の夜まで到達できたことに興奮していました。2018年の優勝記録だった68時間を更新したいと思っていたので、70時間は走りたいと思っていました。ですので、興奮していましたね。あとは雨が降っていたので楽しかったですね。全身ずぶ濡れでした」

自信は常にあった

結局、一騎打ちを演じていたニュージーランド人ランナー、ウィル・ヘイワードが60周目を完了できなかったため、グテールが最後のひとりとなった。
レース中に不安や疑問が頭をよぎることはなかったのだろうか? 「なかったですね。転倒した時に “膝を壊して走れなくなったら終わりだ” とは思いました。そういう不安を感じた時は何回かありましたが、頭の中から消し去りました。自信はかなりありましたね。誰も私には勝てないという意識を無理矢理でも持ち続ける必要があります」