2018年、米国人作曲家ブライアン・タイラーはF1新時代の到来を告げるテーマ曲をリリースした。タイラーはチェロ、ドラム、バイオリン、トランペットなどあらゆるオーケストレーションを活用して壮大なスケールの楽曲を手がけてきたことで知られている。
アイコニックなF1公式テーマ曲を手がけたタイラーに話を聞いた。
— F1公式テーマのオファーが届いた時はどう思われましたか?
運営がリバティメディアに移ったタイミングで何か新しい試みをしたいということでオファーがありました。
最初は電話で話したのですが、私がF1ファンだということは想定外だったようでした。私は米国人ですので、そのような先入観を持たれるのも頷けるのですが、ここまで詳しいとは思っていなかったようです。
私はアイルトン・セナが亡くなった年(1994シーズン)からF1をフォローしています。セナやミハエル・シューマッハがいた時代のF1が大好きでした。
時間が空くと、2001シーズン以降の全レースをまとめたアーカイブを振り返っていますし、オフシーズンにも全シーズンを見直します。
ですが、彼らは私がこれほどのファンだとは思っていなかったようで、電話でF1がどのようなスポーツなのか説明してくれました。ですので「それは素晴らしいですね。実際のレースがどんなものなのか見せてもらえませんか」と返したんです(笑)。
それで、フェルナンド・アロンソやミカ・ハッキネン、デビッド・クルサードなどと一緒の時間を過ごせたんですよ。あれは最高でしたね。
— 凡庸を避けつつ、ユニークでキャッチーなテーマ曲を用意するのは大変でしたか?
F1はとても思い入れのあるスポーツですし、単調な音楽にするつもりはありませんでした。
F1はファン全員にとってドラマティックでエモーショナルで魅力的なスポーツです。ここを表現したいと思いました。
特定のドライバーをフォローすれば、シーズンを通じてありとあらゆる浮き沈みがあります。激しさもあれば、失望もあります。エナジーとスピードだけではないのです。戦略などの要素も重要です。
ですので、自分の好きなF1の世界に没入し、F1のスピリットを表現するサウンドを生み出すことを意識しました。
— あなたはアクション映画のサウンドトラックを数多く手がけていますが、F1公式テーマ曲との違いは?
F1では、変化し、進化する楽曲を用意しました。現実を表現した楽曲と言えます。スポーツには言葉を超えた魅力がありますが、は人を引き込む力が特に強いと思います。
たとえば、セバスチャン・ベッテルのファンとマックス・フェルスタッペンのファンは、レースウィークエンドごとにそれぞれ異なる体験をします。リザルトに満足するファンがいれば、ひどく落胆したり怒りを覚えたりするファンもいます。
ですので、観客全員が主人公を応援する『アイアンマン』とは異なり、ひとりのヒーローだけを応援しないようにする必要があります。F1では、誰もがそれぞれ異なるヒーローを応援しています。ですので、その音楽はレース観戦中に覚えるあらゆる感情をカバーする必要があります。
— 最初は懐疑的だったファンも、今はF1公式テーマ曲が短期間でアイコニックな存在になったことを認めています。このような反応に驚きましたか?
F1ファンですので、作曲を始めた頃は非常にナーバスでした。なぜなら、私が一番好きなスポーツで、大ファンですからね。レースウィークエンドは、プラクティスから決勝レースまでのすべてをチェックしているくらい好きなんです。
大きな責任があることは理解していました。F1ファンは情熱的ですからね。そして、F1の歴史に自分の名前を刻みたいという思いもありました。
ですので、好ましくない結果に終わったら人生最大の汚点となることは理解していました。ですが、チャンスが訪れたので逃すわけにはいきませんでした。
ファンの皆さんに受け入れてもらえて大いに満足しています。最高の気分ですが、同時に謙虚にもなりますね。
— 最初はどのような曲をイメージしたのでしょう?
最初はじっと静かに座っていました。プロジェクトのオファーを受けてすぐに作曲に取りかかれないというのは非常にレアなケースです。
ですが、今回のプロジェクトではすっかりフリーズしてしまいました。ピアノの前に座り、ただただ鍵盤を見つめる日々が数週間続きました。
「これほど多くの感情を抱えるスポーツをどうやって表現すれば良いのだろう?」と考え込んでいました。大きな責任を感じていましたし、どうすれば良いのか分かりませんでした。
それで、F1の歴史を振り返り、入手できる映像すべてに目を通しました。1970年代、1980年代まで遡りました。その中で、2008シーズンにルイス・ハミルトンがファイナルラップでティモ・グロックをパスして初のワールドチャンピオンに輝いたレースを見つけたんです(編注:最終戦ブラジルGP)。
あのレースはとてつもなくドラマティックでした。何度も観ていたレースですが、ピアノの前に座ってあらためて観ている時にあのメロディが浮かんできたんです。
— 忘れられないF1の名場面は?
最も思い出深く、最もエキサイティングなシーズンフィナーレは、やはり土壇場でルイス・ハミルトンがフェリペ・マッサを逆転してチャンピオンを獲得したレースですね(編注:2008シーズン最終戦ブラジルGP)。その前のシーズン(2007シーズン)からの流れを踏まえるとなおさら印象的です。
2007シーズンのルイスは最終的なポイント獲得数でキミ・ライコネンに1ポイント差で破れました。タイトルを取れてもおかしくなかったですが、完走するだけで良かったレースをハードに攻めすぎて、チャンスを捨ててしまいました。
— F1 2019シーズンのここまでの印象は?
毎シーズン楽しんでいますが、2019シーズンもいくつか素晴らしいレースが展開されています。ルイスが抜け出ているようですが、興味深い展開がいくつかあります。フェラーリのシャルル・ルクレールとベッテルの関係もかなり興味深いですし、マックス・フェルスタッペンも素晴らしいレースを続けています。
ですが、私はルイスをデビューから応援しています。彼が勝利を重ねているのは嬉しい限りです。
更新不可能と思われていたシューマッハのタイトル獲得回数を上回る可能性も出てきていますし、来シーズンに実現できるかどうかに注目しています。エンジンやレギュレーションなどに変更があるはずですしね。
— お気に入りのドライバーとチームを教えてください。
キミ・ライコネンは昔から大好きです。青春時代にフォローしていたF1ドライバーの中で唯一の現役ですからね。彼がまだ走っていることを嬉しく思っていますし、これからも走り続けて欲しいと思っています。いつも応援していますよ。
私はルイスの大ファンですが、マックス・フェルスタッペンもお気に入りです。ルクレールもこれからが楽しみなドライバーですね。
ロバート・クビサも復帰しました。ウィリアムズにとっては苦しい展開が続いていますが、クビサは昔から好きなドライバーです。嫌いなドライバーはひとりもいません。
フェラーリとメルセデスのロードカーを所有しているので、フェラーリとメルセデスは好きなチームです。また、レッドブル・レーシングもお気に入りチームのひとつです。
F1参戦当初のスクーデリア・トロ・ロッソにはスコット・スピードが在籍していましたが、おそらく彼は現時点でF1参戦した最後の米国人ドライバーですよね(編注:実際は2015シーズンにアレキサンダー・ロッシが5戦出走している)。
私が持っている唯一のF1オフィシャルグッズはレッドブル・レーシングのチームジャケットで、愛用しています。ダニエル・リカルド在籍時に購入しました。
それにしても、フェルスタッペンは恐ろしいほど速いドライバーですね。アンビリーバブルですよ。来シーズンはチャンピオンを狙えるんじゃないでしょうか。エンジン次第ですが、彼がチャンピオンになるのは確実だと思います。
レッドブルの実績には驚きます。F1だけではなく、あらゆるレースカテゴリーで、ワイルドでエネルギッシュなスピリットを表現しているブランドだと思います。
フェルスタッペンのドライビングを見ていると、ある種の恐怖を感じますね。
私がF1マシンをドライブしていて、バックミラーにフェルスタッペンが映ればナーバスになるでしょう。豪快にパスを仕掛けてくるのは間違いないですから。彼は、躊躇なくパスを仕掛けられるドライバーです。
今はフェルスタッペンに分がありますが、ピエール・ガスリーの実力も本物だと思います。
チームプリンシパルのクリスチャン・ホーナーは映画スターのようなルックスですが切れ者ですね。レーシングドライバー出身ですし、素晴らしいチームボスだと思います。私が自分のF1チームを立ち上げるなら、彼のような人物に任せたいですね。
特定のチームを嫌うファンもいますが私は違います。全チームがそれぞれ最大限の努力をしていますし、私はそこに感謝しています。
近年はメルセデスやフェラーリ、レッドブル・レーシングが速いマシンを作っていますが、F1は全ドライバーが超一流で、その差はごくわずかです。1位と10位がコンマ1秒差で決まるレースもありますし、これほどシビアなスポーツは他にありません。F1ドライバーは凄まじい才能の持ち主だと思います。
— あなたは映画音楽やゲーム音楽も手がけていますが、どのように作曲家のキャリアをスタートさせたのでしょう?
私の作品がある映画監督の耳に届いたんです。すごく幸運でしたね。ですが、そのあとは映画音楽の経験がないのに映画音楽を書かなければならないという問題に直面しました。
通常、経験のない作曲家は起用されません。いきなりレッドブル・レーシングを訪ねて、「僕をセカンドドライバーにしてくれませんか?」と言うようなものです。
とても大きな責任でした。たまたま、ボストン交響楽団が演奏してくれた作品があり、監督がそれを耳にし、ロサンゼルスのエージェントにも届きました。彼らはこの作品を聴いて驚き、スコアを依頼してきたのです。
そしていつの間にか小規模なインディペンデント系映画のスコアを手がけるようになり、次第に多くの人に聴いてもらえるようになりました。
スティーブン・スピルバーグをはじめ、私の作品を聴いてくれた人たちがチャンスをくれたんです。色々な人が私を気にかけて、「よし、この若者にチャンスを与えてみよう」と思ってくれたのです。
— あなたにとって最初のヒットは?
インディペンデント系映画でいくつかヒットになったものがありましたが、ハリウッドでは『コンスタンティン』、『イーグル・アイ』、『ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFT』が最初のヒットになりました。
— 映画音楽のオールタイムフェイバリットは?
難しい質問ですね。いくつか挙げてみます。『めまい』か『スターウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』のどちらかになると思いますが、『E.T.』も捨てがたいですね。この中からひとつを選ぶのは本当に難しいです。
シンセスコアも大好きです。私は多様なスタイルが好きなんです。でも、『スターウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』にしろ、『E.T.』にしろ、1980年代にジョン・ウィリアムズが手がけた作品群には大いに想像力をかき立てられました。
私はアルフレッド・ヒッチコックの大ファンですが、彼の映画を知ったのはサントラがきっかけでした。私の作曲スタイルに絶大な影響を与えたのは、ジョン・ウィリアムズ、バーナード・ハーマン、ヴァンゲリスの3人です。
— プライベートではどんな音楽を聴いていますか?
ありとあらゆるジャンルを聴きますよ。エレクトロニック・ミュージックからヒップホップ、メタルまで何でも好きです。
今週末はフランス出身のメタルバンドGojiraのライブを観ました。映画音楽を聴くのも好きですね。多過ぎて挙げきれないくらいです。ややアンダーグラウンドな、様々なジャンルのアーティストの作品を聴いていますね。
— 現在取り組んでいる作品は?
今は複数の映画用スコアを並行して進めています。
『チャーリーズ・エンジェル』がそのひとつです。11月公開ですが、かなり楽しい映画ですよ。『ランボー』シリーズの最新作『ランボー5:ラスト・ブラッド』のスコアも進めていますが、これもすごい映画になります。
8月に公開されるFox配給の映画『READY OR NOT』も手がけましたが、これは室内楽で非常に興味深い仕上がりです。どの作品も才能溢れる監督が手がけています。
また、テイラー・シェリダンが監督する『Those Who Wish Me Dead(2020年公開・邦題未定)』のスコアも進めています。シェリダン監督は過去に『イエローストーン』も制作していますが、この作品も私がスコアを担当しました。
あとは、『ワイルドスピード』シリーズ9作目のスコアも進めています。2006年ごろから一緒に仕事をしているジャスティン・リンと再び手を組んでいますが、素晴らしい作品になるはずです。