In 2017 Camille won the 89km Comrades Marathon
© RAJESH JANTILAL /AFP /Getty Images
ウルトラ ランニング

【女子ウルトラマラソン世界記録保持者】カミーユ・ヘロンが教えるトレーニングメソッド

トレーニングではフルマラソン程度しか走っていないにもかかわらず、50マイル世界最速記録・100マイル世界最速記録・12時間最長走行距離記録・24時間最長走行距離記録を保持する女子ウルトラランナーが速さの秘密を教えてくれた。
Written by Katie Campbell Spyrka
読み終わるまで:8分Published on
米国人ウルトラランナーのカミーユ・ヘロンは招待制24時間レース、Desert Solstice 2018で全女子ランナーを上回る162.9マイル(262.1km)を走り、24時間レース女子世界最長走行記録を更新した。
24時間レース初挑戦だったにもかかわらず、トラック655周を走った彼女は24時間レース世界最長走行距離だけではなく、100マイル女子世界最速記録の更新にも成功した(13時間25分)。
この素晴らしい功績は、現在37歳のヘロンがこのレースまでに最長22マイル(約35.4km)のトレーニングランしか行っていなかったという事実を踏まえるとさらに輝きを増す。このレベルのレースに出場しているウルトラランナーの多くは30~40マイル(約48.2~64.3km)をトレーニングランの走行距離に設定しているのだ。
ヘロンは「誰もがウルトラランナーはクレイジーなロングランを日々こなしていると思っていますが、わたしはそのようなロングランをこなさずに世界記録を更新しています」と笑いながら語っているが、なぜそれが可能なのだろうか?
世界記録を4個(2019年8月現在)保持するウルトラランナーが速さとトレーニングの秘密を教えてくれた。

トレーニングはマラソンランナーと同じ

2011年パンアメリカン競技大会にマラソン米国代表として出場したカミーユ

2011年パンアメリカン競技大会にマラソン米国代表として出場したカミーユ

© Dennis Grombkowski / Getty Images

自己ベスト2時間37分を持つトップレベルのマラソンランナーで、オリンピック・マラソン・トライアル(マラソン米国代表選考レース:米国代表はこのレースだけで決まる)に3回選出された経験を持つヘロンは、マラソンでの数々の実績をベースに2013年からウルトラマラソンをスタートさせた。
本人は当時について「ウルトラランニングのトレーニングに関する知識はゼロでしたが、トレーニングの距離と量を増やす必要があることは理解していました」と振り返っている。
しかし、トレーニングランの距離を延ばすアプローチはヘロンにフィットせず、彼女は苦しむことになった。
「30マイル(48.2km)から始めましたが、脚からパワーが失われてしまいました。ウルトラマラソンデビューだったTwo Oceansで、脚が上手く回っていないと感じました。パワーが得られず、疲れていました。このレースを経験して、自分に適したトレーニングに戻る必要性を感じました」
ヘロンは通常のマラソンスタイルのトレーニングに戻り、夫でありコーチでもあるコナーと共に、1日2回のトレーニングランショートインターバルロングインターバルヒルクライムプログレッシブ・ロングラン(段階的に距離を延ばすトレーニング)、イージージョグを組み合わせつつ、すべてのメニューの1回のランの最長距離を18~22マイル(約28.9~35.4km)に設定したトレーニングプランを考案していった。
このトレーニングプランは彼女にフィットし、2015年には100kmマラソンのデビューレースで、レジェンドウルトラランナーのアン・トラソンが26歳で100km National Championship(100km全米選手権)で記録したタイムを更新した。
ヘロンは「 “機能していることを続けるだけ” という悟りを得た瞬間でしたね」と振り返っている。

1日2回のランで週100~130マイル

100kmの記録更新に成功したヘロンは、ウルトラランニングのトレーニングにおける “勝利の方程式” を見出した。さらに毎週100~130マイル(160.9~209.2km)を12年走り続けていた彼女には経験から来る自信強さもあった。
本人は「ロングランを長年続けてきたことが、わたしの背中を押してきました」と語っている。
ロングランを毎週こなしつつ新鮮さを失わないために、ヘロンはトレーニングランを1日2回に分けており、10~14マイル(16.1~22.5km)を走ったあと、夕方に5~6マイル(8~9.6km)を走っている。
「大学院で骨格と運動について学んだのですが、その頃に参加したシンポジウムで、骨の専門家が骨に刺激を加えるなら1日2回に分け、4~8時間のリカバリーを挟むことを推奨していたのを覚えていました」
「そしてこのアプローチが自分に合っていることが分かったのです。ランニングを1日2回に分けると、かなり気分が良くなりました」

ショートスピードインターバルの効果

100マイルと24時間の世界記録更新にはインターバルトレーニングが役立った

100マイルと24時間の世界記録更新にはインターバルトレーニングが役立った

© Jetline Action

2017年のTunnel Hill 100での2回目の世界記録更新(100マイル女子最速記録と男女FKT新記録)はそれまでのスピードトレーニングが大きな役割を果たした。
ヘロンはこのレースで1マイル(1.6km)・7分37秒という驚異的な平均ペースで世界記録を1時間以上更新した。本人は次のように振り返る。
「このレースのためにインターバルを数多くこなしました。24時間レースの世界記録更新を狙う時もインターバルを取り入れましたね」
「ショートインターバルの導入でフィットネスが大きく高まりました。足を早く前に出せるようになったので、すべてが楽になりました」
90秒のスピードラン90秒のリカバリーを1セットにして10~16セット繰り返すのが、ヘロンの典型的なショートインターバルトーレニングだ。
ヘロンは「もちろん、リカバリーの時間を短くするのは可能でしたが、スピーディに足を運ぶことで得られる回転数と神経筋の向上を最重要視していました」と語っている。

イージージョグの重要性

2019年2月にTarawera 100を制したカミーユ

2019年2月にTarawera 100を制したカミーユ

© Tarawera Ultramarathon

ヘロンが組んでいる2週間のトレーニングブロックは、高強度トレーニングは4回だけで、残りはイージージョグだ。ヘロンは次のように説明する。
「心肺機能を向上させるためにはスローペースのランニングを学ぶ必要があります。このペースを維持することが心肺機能の向上に役立つのです」
「イージージョグは、マラソンペースよりも1マイル(1.6km)あたり2~3分遅いペース、または最大心拍数の70%程度のペースです。心肺機能を向上させたい時は、心拍計を用意してペースが維持できているかどうかを確認しています」

レースの6~8週間前からストレングストレーニングをスタート

ウルトラランナーのヘロンは下半身のストレングストレーニングに取り組んでいるはずだ、と考えている人がいるかもしれない。
しかし、大学でストレングストレーニングを専攻した彼女は、上半身のストレングスを鍛えてランニングパフォーマンスを高めている。
ヘロンは次のように説明する。
「上半身を限界まで追い込むと、成長ホルモンが分泌されて全身に行き渡るので全身に効果があるということが分かりました。週2回ペースで上半身を鍛え抜けば、6週間後にはランニングフィットネスが向上します」
「ですので、ターゲットにしているマラソンやレースの6~8週間前からストレングストレーニングをスタートさせていますが、これまでのところ毎回上手くいっていますね」

心拍数ベースのプログレッシブ・ロングランを2週間に1回

カミーユは心拍計ベースのトレーニングを組んでいる

カミーユは心拍計ベースのトレーニングを組んでいる

© Flickr

ヘロンはスピードよりも心拍をベースにトレーニングを行っている。そのようなトレーニングにはプログレッシブ・ロングランも含まれており、彼女は最大心拍数の80~90%をターゲットに設定している。
彼女は次のように説明する。
「プログレッシブ・ロングランではまず最大心拍数の75%を上限に設定します。これは100マイルと同レベルのロングレースのペースと同じです」
「次に最大心拍数の80%を上限に設定します。これは100kmレースのペースと同じです。そして最後に85~90%を上限に設定します。これはマラソンのペースと同じです」

全身のフィットネス調整と1レース集中がカギ

She aims to become the first woman to win a marathon in all 50 US States

She aims to become the first woman to win a marathon in all 50 US States

© Leslie Miyasato

2018年に24時間最速記録を更新したヘロンだが、大腿骨の怪我が原因でそれまでの9ヶ月間レースから離れていた。そのため当日は脚を痛めず、気持ち良く走ることを目標に設定していた。
「トレーニングでは心肺機能を安定させることを優先していました。レースまでにフィットネスを整え、当日快適に走ることが目標だったからです」
「ですので、ショートインターバルとロングインターバルにヒルクライムを組み合わせました。何ヶ月も戦線離脱していたので、このレースだけに集中していました」
「世界記録更新を狙うなら、1レースごとに集中する必要があります。複数のレースの準備を同時に進めるのは不可能です」
「わたしは長期的な視野に立って準備を進めています。体調を整え、フィットネスを仕上げることを強く意識しています。もちろん、これからも自分が所有している世界記録の更新は狙っていきますよ」