Final Round 18を制したXian
© Alex Rubens/Red Bull eSports
eスポーツ

Casuals:Xian

EVO 2013王者として知られるシンガポール出身プロプレイヤーを紹介する。
Written by Michael Martin
読み終わるまで:10分Published on
EVO 2013王者のXian

EVO 2013王者のXian

© Mark Teo Photography

Ho Kun Xianはシンガポール人だが、アメリカンドリームの体現者だ。彼はハードワークを通じて、EVOの『ストリートファイター』王者となった。はるばるシンガポールからやってきた若者が、弱キャラとして見なされていたゲンを使ってトーナメントを制したのはまさに奇跡だった。
Xianが『ストリートファイター』のプロプレイヤーとして成功するとは誰も予想しておらず、ましてや世界最大の格闘ゲームトーナメントであるEVOで優勝したのは驚き以外の何ものでもなかった。しかし、プロプレイヤー転向以降、控えめな性格で知られるXianだが勝利を重ね、無名の存在から現在所属するRazerの助けもあり、フルタイムのプロプレイヤーとしてのキャリアを順調に築きあげている。ハードワークと強い意志で周りに良いインスピレーションを与えたいとしているXianだが、自分自身、そしてゲームプレイにおいて自分を見失うような状況に陥りながらも、不屈の精神で乗り越えようとするその忍耐力の方が、より大きなインスピレーションを与えるのかも知れない。

勝てないと言われた時代

「米国や日本がサッカーでワールドカップを制したことはないだろう?」 − かつてXianはある人物にこう言われたことがある。『ストリートファイター』のプロプレイヤーを目指していた当時の彼は、この例えを今ひとつ理解できなかったが、シンガポールに住む彼の友人や家族と同様、この発言をした人物も彼を疑問視していた。年収がわずか1万ドルだった彼に「この先どうするつもりなんだい?」と問いかけたその人物は、Xianがわずかな年収でどう生活していくのかを疑問に思っていたのだ。そして彼はこう続けた。「(ゲームは)仕事にはならない。学校へ通うんだ」
「好きなことを仕事にしようとしている僕を認めてもらえなかったのは正直気が滅入るよね」トーナメントの休憩時間に髪を整えながらXianは振り返る。「不可能だって言われたよ。でも僕は認めようとはしなかった」
そしてXianはシンガポール出身のプレイヤーでもEVOで優勝できるということを証明すべく努力を続けること、しかも自分だけのユニークなキャラクターを使うことを決心すると、当時既に強キャラクターのひとりとして考えられていたユンからゲンに切り替えた。ゲンに切り替えた理由は、スタンスと技の多さだ。それ故にゲンは扱いにくいキャラクターとして考えられていたのだが、Xianには更なるオプションを与えることになった。
「ゲンのポテンシャルは知られているよりも遙かに高いんだ」Xianは説明する。
「でも、みんなはゲンをダンのように扱った。『こいつは弱すぎるぞ。倒すのに何の情報もいらない』ってね」
「僕はゲンを使ってかなり練習したよ。切り替えた1年目は敗戦を重ねたけれどね。でも、ゲンを上手く使えるようになれば、僕のプレイを理解できる人はいなくなると思っていた」
『ストリートファイター』のトッププレイヤーXian

『ストリートファイター』のトッププレイヤーXian

© ESGN TV

プロプレイヤーとしての生活

Xianは不安定なネット接続のXbox Liveと、縮小傾向にあったアーケードを通じて練習を重ねていった。シンガポールの筐体は高速インターネット回線が備わっておらず、最新のアップデートに対応していなかった。また、海外トーナメントの参戦はリスクが大きかった。何故なら賞金は自費負担の旅費にも満たなかったからだ。Xianはゲーミングカフェ、Tough Cookieを経営し、ストリーミングやトーナメントを開催しながらなんとか生活費を稼ぎつつ、自らは他のトーナメントに参加するという生活を送っていた。プロプレイヤーとしての生活は彼が思い描いていたものとはかけ離れていた。
しかし、支援者からオファーが届いたことで彼の生活が変わり始めた。Xianはその人物に対し、世界各地のトーナメントで優勝できると断言。Xianはその人物の名前は明かさなかったが、彼の存在がXianに希望を与えることになった。
「僕に投資したいと言ってきたんだ。当時の僕は格闘ゲームとスポンサーの関係については何も知らなかった」
Xianを信じてくれたその人物からの条件は、とにかくベストを尽くすということだけで、Xianの渡航費や宿泊費はその人物が負担した。多少の金銭的余裕が生まれたXianは、トーナメント参加を休暇のように扱えるようになり、余裕ができた彼は勝利するようになっていった。そしてCanada Cup 2012で初優勝すると、その後2013年から2014年にかけて、数々のトーナメントでトップ8入りを果たした。

勝利の代償

『ストリートファイター』のコメンテーターを務めるJames Chenは、かつて「EVO優勝は人生を変えることになるでしょうね」とコメントしたが、Xianの場合もそうで、EVO 2013の『ストリートファイターIV』優勝が彼の人生を変えた。EVO優勝は人生を変えることになると多くの人が信じており、実際色々な意味で人生を変えることになるのだが、Xianの場合は肉体と精神に悪影響を与えるきっかけとなってしまった。
「EVO優勝は自分に悪影響を与えてしまった。僕はどん底だった。勝利の味を知れば、自分に迷いが生じるんだ。予想しやすい動きをするようになって、簡単に読まれるようになってくる。自分のゲームプレイにおけるリスクマネージメントができなくなってくるんだ」
Xianは自分が崩壊していたことを驚くほど素直に認めているが、観戦していた側には殆ど分からなかった。今でも彼は非常に高いレベルでのプレイを続けており、実際 Final Round 18で優勝して今年のCapcom Cupの出場権も手にしている。しかし、最近は勝利が難しいと本人は認めている。 EVO 2015もRed BullアスリートのDarryl “Snake Eyez” Lewisや、同トーナメントを制したももちに敗退して、17位で終えた。

悩む日々

「Snake Eyez戦はあと少しで勝利できた。でも詰めが甘かった。Snake Eyezのライフは10%以下だったのに、負けてしまった。これよりも酷かったのがももち戦だね。マッチポイントまで彼を追い詰めて、自分のライフも半分以上残っていたのに勝てなかった」
「ももちに見事にカムバックされた時は、思わず彼の顔を見たよ」深いため息をついてXianは振り返る。「『どうやってあんなカムバックができたんだ?』ってね」
Xianはももち戦は単純に相手が優れていたことを認めているが、だからと言ってそれが敗戦の慰めになる訳ではなかった。この敗戦でXianにはプロプレイヤーとしての疑念が生まれた。機能する戦術とゲームプランがありながら、何故追い詰めた相手に勝ちきれない対戦が続くのか? 10%以下の相手が自分に勝利するのが信じられないと考えていたXianにとって、その原因は詰めの甘さなのかも知れないし、相手の忍耐力なのかも知れなかった。
「1回か2回なら運だったと納得できる。でも負けが重なれば僕の問題だと考えるようになる。こうして話している今もそう感じているんだ。そのことばかり考えているし、なんとか成長したいと思っているよ」
Red Bull Salty SuiteのXianとSnake Eyez

Red Bull Salty SuiteのXianとSnake Eyez

© Red Bull eSports

クオリティ・オブ・ライフの向上

Xianは自分のどこに問題があるのか具体的には分からないが、それが原因で少しずつ自分のモチベーションが下がってきているとしている。EVO優勝後、Xianはほとんど運動していない。自分の経営するカフェでの滞在時間が長くなり、そこでほぼ1日を飲食とプレイに費やしている。彼は肉体と精神のバランスを失ってしまったのだ。
自分のどこに問題があるのか分かっていない状態で、一体どうやって自分を成長させれば良いのだろうか? Xianの場合は健康的な生活を取り戻すことから始められるのかも知れないが、本人はプロプレイヤーのクオリティ・オブ・ライフの向上も必要だと信じている。給料制や契約制のプロアスリートは勝っても負けても金が手に入るが、eSportsの世界では、給料やスポンサーシップで生活しているプロプレイヤーはひと握りしかいない。格闘ゲームにおいてはウメハラとJustin Wongなどがその例だが、彼らは全体数のわずか1%だ。そしてsakoこと佐古直人は妻と生まれたばかりの子供をEVO 2015に連れてきていた。
「彼は格闘ゲームのプレイだけで生活している訳じゃない。彼は日本でちゃんとした仕事を持っている兼業プレイヤーなんだ」
Final Round 18を制したXian

Final Round 18を制したXian

© Alex Rubens/Red Bull eSports

格闘ゲームコミュニティの再編

より高額な賞金を求め、eSportsとしての知名度を求めているプレイヤーがいる一方、急速すぎる成長や草の根活動というルーツの喪失を恐れているプレイヤーも多い格闘ゲームコミュニティを成長させるのは難しい。Xianは格闘ゲームコミュニティがeSportsとして成長していくと同時にその経済力も高まって欲しいと願っている。EVO 2015の『ウルトラストリートファイターIV』には2200人のプレイヤーが参加したが、賞金を受け取ったのはトップ8だけだ。
EVOのウェブサイト(海外サイト)には「9位以下のプレイヤーは健闘を称え合ってください」と書かれているが、残念なことに多くのメジャートーナメントで同様のフォーマットが採用されている。
Xianは提案する。「トップ16、トップ32に入ったら賞金をもらえるべきだ。EVOのようなビッグトーナメントでトップ32に入るのは簡単じゃない。17位や9位に入るのは尚更だ」
プレイヤーたちはトップ32やトップ16に入って最終日に賞金を手にするために、14時間をゆうに越える長時間をプールでプレイすることになる。彼らは肉体と精神の限界に挑戦しなければならないのだ。EVO 2015を振り返ればそれが明確に理解できるだろう。しかし、Xianは夢を諦めるには遠くまで来すぎてしまった。また、彼の人生は『ストリートファイター』のトーナメントなしでは非常に難しいものになってしまう。
EVO 2015で戦うXian

EVO 2015で戦うXian

© Red Bull eSports

みんなのインスピレーションに

かつてXianは、彼にどうやったらプロプレイヤーになれるのかと訊ねてくる人に対し、何か他のことをやった方が良いと答えていた。家族や責任を抱えている人にこの世界はリスクが大きすぎたからだ。しかし、彼は自分がそうしているように、誰もが自分の好きなことをやるべきだと気付いた。今の彼は、そのような質問に対し、賢く自分の夢を追うべきだと回答している。
現在Razerがスポンサーについている彼は『ストリートファイター』のプロプレイヤーとして以前よりも快適な生活を送れるようになっており、格闘ゲームコミュニティにおける自分の地位にふさわしい生活を得た。「シンガポール出身の若者が奇跡を起こしてEVOで勝利した」というそのストーリーが誰かにインスピレーションを与えられればと願っているXianは、いつの日か自伝の出版もできればと考えている。
「インスピレーションという言葉は僕にとってすごく大事なものになったし、それをみんなに伝えたい。『ワールドカップ』に例えられた話は今でもするよ。あの例え話をした本人がこのインタビューを読んでくれればなと思っているんだ」