9シーズンに渡りYamahaファクトリーチームに在籍し、その期間で3度のMotoGPタイトルを獲得したホルヘ・ロレンソは、2017シーズンからDucatiへ移籍し、新たなチャレンジに挑む。
このスペイン人ライダーが9年間在籍したYamahaを離れ、Ducatiへの移籍を決断した理由については様々な憶測が飛び交っているが、バレンティーノ・ロッシとの確執などはさておき、ロレンソのDucati移籍について確実に言えることは、彼が異なる2つのメーカーのバイクでタイトルを獲得するチャンスと真のレジェンドとして歴史にその名を残すチャンスを得たということだ。
70年に及ぶ2輪GPの長い歴史の中で、メーカー移籍を経て複数回のワールドチャンピオンを獲得したライダーはわずか5名しか存在しない。今回はその真のレジェンドライダーたちを紹介しよう。
ジェフ・デューク:Norton & Gilera
“ザ・デューク(公爵)” の愛称で親しまれた英国人ライダー、ジェフ・デュークは1951シーズンに母国のNortonを駆って500ccと350ccでのダブルタイトルを獲得。その偉業に当時の英国のプレスやファンは熱狂し、デュークは国民的英雄となった。
デュークは翌1952シーズンも引き続きNortonに残留。350ccタイトル連覇には成功したが、最高峰クラスの500ccタイトルは逃してしまう。これを受けてデュークは1953シーズンにイタリアのGileraへ移籍。国民的英雄の他国メーカーへの移籍は英国ファンからの共感を得られなかったが、デュークは移籍初年度の1953シーズンから500ccタイトル3連覇を達成した。
ジャコモ・アゴスチーニ:MV Agusta & Yamaha
歴代最多となるタイトル獲得15回を誇る不動のレジェンド、ジャコモ・アゴスチーニも複数のメーカーでチャンピオンに輝いた実績を持つ。
イタリアが誇るこの伝説のライダーは、母国MV Agustaのバイクを駆って1960年代後半から1970年代前半までのGPレーシングを席巻し、7回の500ccタイトルと6回の350ccを獲得。その成功に飽き足らず、1974シーズンに彼はYamahaへの移籍を決断。1974シーズンに350ccタイトルを獲得し、翌1975シーズンには500ccタイトルも制覇。異なるメーカーのマシンでも才能を発揮できることを証明した。
エディ・ローソン:Yamaha & Honda
丹精なマシンコントロールと卓越したレースクラフトによって “ステディ・エディ” の異名を取ったエディ・ローソンは、1989シーズンのHonda移籍初年度にワールドチャンピオンを獲得した瞬間、メーカー移籍を挟んで2シーズン連覇を達成するというGP史上初の偉業を成し遂げた。
ローソンは1988シーズンまでYamahaに在籍し、1984 / 1986 / 1988シーズンと計3回タイトルを獲得。その後、1989シーズンにHondaへ移籍し4度目のチャンピオンを獲得したが、1990シーズンにYamahaへ復帰した。そして、1991シーズンから2シーズンにイタリアのCagivaに在籍したあと、現役を引退した。
バレンティーノ・ロッシ:Honda & Yamaha
2000シーズンに500ccクラスへステップアップした直後から、バレンティーノ・ロッシは神童の名にふさわしい活躍を見せた。デビューシーズンこそ総合2位に終わったが、翌2001シーズンには早くも最高峰クラスタイトル獲得に成功した。
2001~2003シーズンにHondaと組んで3連覇を達成したロッシだったが、その成功はあくまでもHondaのバイクが持つ優位性によるもので、ライダーの実力とは関係ないとする懐疑論に辟易としていた。そこでロッシは、その疑念を払拭するため2004シーズンからYamahaへの移籍を決断したが、当時のYamahaは1992年以来タイトルに見放されていたため、この移籍は大きな賭けと見られていた。しかし、ロッシはYamaha移籍後初レースとなった開幕戦南アフリカGPでいきなり勝利を飾り、そのまま2004シーズンのタイトルを奪取した。以来、ロッシはYamahaと共に4度のタイトルを獲得。不動のレジェンドとしての地位を確立した。
ケーシー・ストーナー:Ducati & Honda
ケーシー・ストーナーはMotoGPクラス2年目となる2007シーズンにワールドチャンピオンを獲得し、Ducatiに初の王座をもたらした。この若きオーストラリア人ライダーは難物と言われたDesmosediciを見事に乗りこなして2007シーズンを席巻。Ducatiがこの2007シーズン以来タイトルを獲得していないという事実は、ストーナーの功績をひときわ輝かせている。
ストーナーがHondaへの移籍を決断した2011年当時、この日本のファクトリーチームは2006シーズン以降タイトルから見放されていた。そして、タイトル奪還の使命を負ったストーナーは、2006シーズンを猛烈な勢いで席巻し、2度目のMotoGPタイトルを獲得。改めてその類稀な才能を見せつけた。翌2012シーズンまでHondaに在籍したストーナーは27歳の若さで現役を退いた。