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eスポーツ
esportsプレイヤーを支える理学療法士
esportsのトッププレイヤーが怪我をするケースが起きているが、怪我を防ぐ方法は? トーナメントシーンに関わる理学療法士に話を聞いた。
Written by Ollie Ring
読み終わるまで:12分Published on
 
esportsの世界はここ数年で多くの人が予想していた姿よりも遙かに進化し、大きな発展を遂げている。我々は、トーナメントがマウスパッドとヘッドセットを賭けて戦っていた小規模なものから、2,500万ドル(約28億円)が賞金総額として用意された『Dota 2』のThe International 7のような規模にまで成長する様子を見てきた。また、業界とトーナメントシーンの成長に伴い、世界最強レベルのプレイヤーたちを支えるスタッフも増えている。今や、コーチやデータアナリストを抱えているチームは当たり前で、マネージャーが付いているプロプレイヤーもごく普通の存在だ。
また、対戦中に独特の座り方をしているトッププレイヤーたちを見かける機会も増えている。モニターにかじりつくかのような前傾姿勢を取るプレイヤーや椅子の上にあぐらをかくプレイヤーなど、esportsプレイヤーの中には、実に変わった姿勢でプレイしている人たちがいる。ビデオゲームのトーナメントシーンを知らない人の多くは、トーナメントプレイヤーたちが怪我をする可能性を鼻で笑うかもしれないが、これは現実に起きうる、そして実際に起きている問題だ。
悪質なエルゴノミクス(人間工学)環境は、近年増加傾向にある数多くの問題、なかでもプレイヤーを早期引退に追い込む可能性がある最大の要因のひとつだ。そこで今回は、理学療法士のCaitlin “Lurkaderp” McGeeをキャッチして、怪我を予防する方法について貴重なアドバイスをプレイヤーに与えている彼女のesportsシーンでの取り組みについて話を聞くことにした。
  
あなたの経歴と、esportsシーンに関わるようになった経緯について話してもらえますか?
私は大学で神経科学・運動科学・スポーツ科学の学士号を取得したあと、大学院へ進学して解剖学と臨床健康科学の修士号を取得し、さらに理学療法の博士号も取得しました。大学院へ進学したのは偶然でした。大学で解剖学の特別授業を履修していた時に、大学側から「50ドル(約5,600円)追加で払えば、臨床健康科学の修士課程へ進学できる」と言われたので、それならと思って進学したのです。
ゲーミングに関しては、大学院を卒業するまでほとんど知りませんでした。卒業後、私はニュージャージー州で外傷性脳損傷を扱う実習をしていました。これは理学療法の範囲内ではかなりきつい実習と言えます。数多くの貧しい人たちを相手にする必要がありますし、精神的にとても疲れます。ですが、大きなやり甲斐を感じていたので、前向きに取り組んでいました。
ですが、疲れ切っていたのも確かでした。当時、ワシントンD.C.に友人が居ました。彼は “ThatPhageGuy” という名前で、今も格闘ゲームコミュニティの統計データを集めている人物です。ある日、仕事の面接でワシントンD.C.に行くことになったので、彼の家に泊めてもらえないかと頼みました。すると、彼は「泊めてあげるけど、週末を一緒に過ごして、僕がビデオゲームをプレイしようと誘ったら、それがどんなゲームでも断らずに一緒にプレイすることが条件だ」と言われました。そして、彼の家に辿り着くと、彼は丁度『Dota 2』の統計データをまとめているところでした。彼はPerfect Worldのサーバーのデータを集めていたのですが、金盾(きんじゅん・中国のインターネット検閲システム / 別名:Great Firewall)を突破するのが大変で、20分も放置される時があるなどと文句を言っていました。私は彼が何を言っているのか、何をしているのかさっぱり分かりませんでしたが、とても面白そうに見えたので、自分でもプレイしてみようと思ったのです。
では、『Dota 2』からesportsの世界に入ったのですか? かなりハードルが高かったと思いますが…。
最初にプレイするゲームは、簡単に学べるゲームや、新規プレイヤーを快く受け容れてくれるコミュニティが存在するゲームではなく、『Dota 2』にするべきだと心に決めたのです。もちろん、ハードルは高かったですが、とても気に入りました。当初は統計データを集めていただけでしたが、やがて、ThatPhageGuyが手首と手に酷い痛みを抱えるようになりました。そして私も、トーナメントのストリーミングを見ながら、シーンのエルゴノミクス環境の酷さについて彼に不満を述べるようになっていました。
私が彼の手の痛みを診るようになると、彼から同じ痛みを抱えているプレイヤーが多いことを伝えられましたが、当時の私は彼らに関わっている人はすでに沢山いて、自分が入り込むスペースはないと思っていました。そして、とにかくエルゴノミクスに対する理解がないことに不平を漏らし続けていました。すると、ThatPhageGuyがそんな私にうんざりして、黙っているかちゃんと関わるかどちらかにしろと言ってきました。それで、私はPC環境におけるエルゴノミクスについてのガイドを用意したのです。こういう取り組みをしている人が少なかったため、気に入ってもらえました。
ガイドや記事をさらに発表していくと、質問や疑問のメールが寄せられるようになったので、できる限り回答していきました。これがきっかけでCharlie Yangと知り合い、彼の紹介でTwitchと契約して、しばらくの間Beyond the Summitのイベントに関わりました。そして、この仕事を通じて理学療法士仲間のMatthew Hwuと知り合い、1HPを立ち上げたのです。このような紆余曲折がありました。
 
ストリーミングを見て、エルゴノミクスに対する理解のなさに不満を感じたということですが、特に気になったのはどの部分ですか?
私に言わせると、まず、姿勢の悪いプレイヤーが多すぎます。また、アームレストを使っていないプレイヤーや、アームレストの位置がデスクより低すぎる人が多いことも気になりますね。手首をデスクの端にひっかけて腕が下がっている人も多いですね。具体的に言えば、『CS:GO』のプレイヤーはキーボードの位置を横にずらし過ぎですし、モニターの位置も近過ぎます。このような状況がわたしを苛立たせました。
 
あなたが関わり始めてから、シーンの変化は確認できていますか? シーンはあなたのアドバイスを取り入れているのでしょうか? それとも彼らの耳には届いていないと感じていますか?
笑える話なのですが、たまに「Twitterであなたの投稿がタイムラインに表示されているのを見ると、その内容がエルゴノミクスと関係なくても、姿勢を正してしまいます」というようなメッセージを受け取ります。このような影響を与えられているのは嬉しいですね。
私はトーナメントの会場では姿勢についてそこまで細かく言いません。なぜなら、その場で新しい姿勢、ベターな姿勢を取り入れようとするのは、もちろん体には良いことですが、それについて思考を割いていることを意味します。ハイレベルなトーナメントを戦っているのですから、これは理想的とは言えません。トーナメントではゲームプレイだけに集中すべきです。なので、自宅に戻っているプレイヤーにガイドを送ったり、姿勢の矯正に取り組むようにアドバイスを送ったり、エクササイズをするように指示したりする方がベターです。このアプローチが正解だと思います。
私が契約しているプレイヤーの多くは「ストレッチを定期的に行っているおかげで、体調が良くなりました」、「言われた通り、定期的に休憩するようにしていますが、休憩を取る分だけ長時間練習できるようになりました」などと感想を述べてくれています。「ゲーミングチェアを変えたんですが、世界が変わりましたよ。冗談じゃなかったんですね!」と言われることさえありますね。
間違いなく状況は改善されていると思いますし、私がシーンに参加したタイミングとプレイヤーがこの問題について考え始めていたタイミングが上手く重なったのだと思います。多くのプレイヤーが「何かを変える必要がある。プレイを止めるか、何か別の手を打たないとこの問題は悪化するぞ」と感じていたのだと思います。
あなたは『CS:GO』や『Dota 2』、そして『スマブラ』シリーズまで、様々なシーンに関わってきましたが、タイトル固有の問題について説明してもらえますか?
一般的なものから具体的なものまで、全員に役立つライフスタイル、姿勢、エルゴノミクス関連のアドバイスが存在します。たとえば、休憩する、姿勢を正す、ゲーム以外のアクティビティにも取り組む、きちんと眠る、食生活を正す、水分を取るなどは、全て非常に重要です。そしてこれらはどのプレイヤーにも当てはめることができます。ユニバーサルなアドバイスなのです。
コントローラーに関しては、それぞれ異なった問題を抱えています。ゲームキューブコントローラー、アーケードコントローラー、キーボード&マウスはそれぞれ異なった種類の負荷を肉体に与えます。なぜなら、どの筋肉を使うのか、どのような動きをするのかによって変わるからです。反復運動損傷に関しても、どのような反復運動をしているのかによって症状は異なります。ですので、コントローラー別に問題は異なってきます。また、同じコントローラーを使っていても、使う筋肉や動かし方によって問題は異なってきます。
『Dota 2』と『CS:GO』を比較すると、両者が抱える問題は大きく異なっています。なぜなら、プレイヤーによってセットアップやプレイ傾向が異なるからです。また、主運動がどこなのかによっても負荷は異なってきます。手首、肘、肩のどこを一番動かしているのか、動作の角度、動作の強度、負荷の総量、痛みの大きさ(1回の大きな痛みなのか、小さな痛みの連続なのか) 、そして、1回大きく動かして急に静止しているのか、それとも複数回小さく動かしてから急に静止しているのかなどによって変わっていきます。
これらによって負荷が変わってくるわけです。ゲーミングシーン全体から最大公約数的な答えを導き出して、全員に当てはめることも可能ですが、パフォーマンスを最大限まで高めつつ、怪我のリスクを最小限に抑えるためには、より具体的な、個別の対応が必要になります。
 
esportsはまだ始まったばかりで、怪我の数もまだ目立ちませんが、時間の経過と共にその数は増えると思いますか? ChessieやFearのようなトッププレイヤーの怪我は、ゲーミングが原因、またはゲーミングによって悪化したのでしょうか?
特定のプレイヤーとその怪我について話す時は慎重になる必要があります。なぜなら、そのプレイヤーが情報公開していない限り、わたしから詳しく話すことはできないからです。Chessieの場合は、自分のストリーミングを通じて私が治療に関わっていることを明らかにしていますし、私も彼の症状について良く理解しています。彼の怪我の原因のひとつはゲーミングです。特定のポジションを長期間維持することが、体の他の部分の問題を悪化させることになります。
多くのプレイヤーはゲーミング以外の生活にまで考えが及んでいないと思います。ゲーミング以外のことが自分の体に負荷を与えている可能性について考えていません。そのひとつの例として、私の両親が初めて犬を飼った時のことを話しましょう。犬を飼い始めてから、両親共に右肘の腱炎を患ってしまいました。ですが、犬のリードをいつも右手で持っていないかと私が訊ねるまで、2人は何が原因なのか理解できていませんでした。
このような負荷は普段あまり意識しません。そして、ゲーミング以外の日常生活での負荷がゲーミングを悪化させてしまうケースがあります。esportsが成長を続けていくにつれて、劣悪なエルゴノミクス環境が原因の怪我とは違う種類の怪我も増えると思います。単純にプレイヤー数の増加に比例して怪我をする可能性も高まったことが原因の怪我が増えると思います。
 
理学療法士を抱えるチームは増えると思いますか? 理学療法士はesportsを裏から支えるメインスタッフになるのでしょうか?
シーンの中で意識が高まっているので、深刻な怪我の数は減っていくと思います。プレイヤーを支えるプロフェッショナルなスタッフは間違いなく増えていくと思います。NFLのチームがフィジカルトレーナーや理学療法士を抱えているように、esportsでもそういうチームが見られるようになるのは、あり得ない話ではないと思います。
実際、Cloud9はすでに専門スタッフを抱えていますし、私もCounter Logic Gaming PTと仕事をしていますので、シーンは確実に前進していると思います。サポートスタッフの数は今後増えていくでしょう。なぜなら、シーンが彼らの必要性に気付いているからです。esportsは小規模な存在から、今やひとつのキャリアパスにまで成長していて、プレイヤーがトップレベルでプレイするチャンスが増えています。最終的には、ハイレベルなトーナメントやイベントはもちろん、痛みを感じることなくゲームを楽しみたいカジュアルシーンの両方をサポート・維持するために、サポートスタッフのネットワークの構築が必要になってくると思います。
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