Travi$ Scott
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ミュージック

「誰がヒップホップを変えた?」—USラップの進化

いまやロックよりも人気の高い音楽ジャンルとなったUS HIPHOP。これまでの変遷を簡単に振り返っていく。
Written by Kish Lal
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Lil Uzi VertXO Tour Lif3」が初めてチャートインを果たした時、多くのヒップホップ評論家やテイストメーカー、アーティストたちが驚愕した。Lil Uzi Vertはラグジュアリーと富を悲しみのストーリーと苦悩の告白に置き換えていたからだ。
エモーショナルラップは別に未踏の領域ではなかったが、Lil Uzi Vertの堂々としたデリバリーとプロダクションには前例がなかった。このトラックはヒップホップのニュージャンルの始まりを高らかに告げ、ラップのアーキタイプの進化を示した。
ヒップホップは常にエクストリームを扱ってきた。現実からファンタジー、祝福から悲嘆と、ヒップホップには無限に広がる人間のコンディションを取り込めるだけのスペースが用意されている。
ヒップホップはThe Sugar Hill Gangの1979年のヒット「Rappers Delight」で最初のメインストリームブレイクを果たして、1980年代にRun-DMCがロック的サウンドを取り込んだあと、1990年代にギャングスタラップが爆発的なブームになった。
1980年代中盤にSchoolly DIce-Tによって生み出されたギャングスタラップは利益率が最も良いヒップホップのサブジャンルへと成長した。暴力・混乱・ドラッグのストーリーと警察権力への蔑視を特徴とするこのヒップホップは反逆を打ち出しており、ここが世間には魅力的で新鮮に映ったのだった。
コメンテーターや宗教指導者たちは、犯罪行為を助長して永続的に恐怖を煽るものとしてこのジャンルを糾弾し、この流れがN.W.A.Fuck tha Police」と共にギャングスタラップの大きな岐路に繋がった。
人種差別と警察の暴力に苦しんでいたブラックたちのプロテストソングだった「Fuck tha Police」は法執行機関を堂々と批判していたため、FBIはこのトラックへの不快感と警察が誤解される可能性を記した書類をN.W.A.の所属するレコードレーベルに提出した。
1989年、「Fuck tha Police」をオンエアしていたラジオ局は世界でtriple Jだけだった。
同局は半年間オンエアを続けたことから、抗議集会、警察、政治家が同局を所有するABC(オーストラリア放送協会)にオンエアを止めるようプレッシャーをかけたが、同局はその回答としてN.W.A.Express Yourself」を24時間連続でオンエア。N.W.A.のアンチ検閲アンセムを1日中流した。
また、2005年にはこのトラックのスクラッチサウンドがtriple Jのニュース番組のジングルにサンプルとして使用されたことが明らかになった。
正直さと反抗心、権威の徹底無視という特徴がラッパーたちを他のジャンルのアーティストたちとの違いだった。2pacBiggieEminemは自分たちの苦しみを日記的表現でデリバリーした。このような超男性的で暴力的なラッパーが名声を獲得していく中、フィーメールラッパーたちも自分たちの立場を明確にしていった。
世界で初めてフルアルバムをリリースしたフィーメールラッパーのひとりがMC Lyteで、彼女は1988年に『Lyte As A Rock』をリリースした。1990年にはThree 6 Mafiaの唯一の女性メンバー、Gangsta Booが他のメンバーの男性的エゴを表現した。
しかし、誰もが知っている通り、この時代のフィーメールラップ最大の特徴と言える過剰な性を最初に打ち出したのはLil Kimだった。
1995年にリリースされたJunior M.A.F.I.APlayer’s Anthe’」にフィーチャーされているデビューパートで、Lil Kimは銀行強盗や銃、Notorious B.I.G.への忠誠を自慢げに語っていた。
しかし、Lil Kimが1996年にリリースしたデビューアルバム『Hard Core』は方向性が大きく異なっていた。わいせつさを堂々と打ち出していたLil Kimは性的にアグレッシブで自分らしさを祝福していたが、このような姿勢はそれまでのフィーメールラッパーには見られないものだった。
Lil Kimはギャングスタラップと同義だったミソジニー的ナラティブを完全にひっくり返し、それを逆に女性を批判・蔑視する男性たちへ突きつけた。Lil Kimは自分の性的指向を堂々と叫び、その攻撃的な姿勢は彼女のトラックをギャングスタラップの超暴力的トラックと同等に見せていた。ギャングスタラップの本質は反逆エクストリームだが、Lil Kimはこの2つを非常に上手く利用したのだった。
2000年代は50 CentJay-ZLil Wayneが、銃創の誇り、ドラッグ売買、依存症との戦いなどを暴露していったが、別に世間の同情を誘っていたわけではなかった。「最悪・最低を経験してきた俺たちが痛みを感じることはない」というタフガイぶりをアピールするためにこれらのテーマを扱っていたのだ。
50 Centの「Many Men」では「聖書に因果応報って書かれてるだろ / 俺を撃った男が3週間前に撃たれた / 俺が生きてるのには意味があるってことが分かったぜ / なぜならそいつも俺と同じ撃たれ方をしたのに / 俺と違って息をしていないんだからな」とラップされている。
2007年9月11日ギャングスタラップの命日だ。少なくともこの記事ではそうなっている。この記事ではアルバムの売上枚数でどちらが上かを勝負するという話にもつれ込んだKanye Westと50 Centの抗争に決着がつくまでのストーリーが語られている。
いわゆるヒップホップシーンの不和や対立は、それまでは NasのJay-Zへのアンサートラック「Ether」などで知られる “ディス” や脅迫によって決着がついていたが、Kanye Westは50 Centに数字の勝負を挑んだのだった。
「タフガイを打ち出していなかったKanye Westが勝ったことで、50 Centが頼りにしていた “地球で最もハードコアな男” というイメージは失墜してしまった。この勝負は50 Centが拳で解決できるものではなかった」とこの記事は記している。
Kanye Westのアルバム『Graduation』は957,000枚を売り上げたが、50 Centのアルバムは691,000枚に留まった。
ギャングスタラップはエクスペリメンタルなエレクトロニック・サウンドChris Martinとのコラボレーションの前に崩れ去った。Kanye Westは未来を提示したのだ。そしてその違いはサウンドだけではなく、カルチャーの違いを生み出すことにもなった。
同記事は「Kanye Westと彼が興味を持っているものすべてが新たな "最先端" になった瞬間、ヒップホップシーンの会話の内容はストリートのドラマとゴシップからスニーカーとスタイル、デザインへとシフトした」と記している。
Kanye Westは社会経済的困窮や暴力についてのストーリーを持っていないラッパーたちのための道を切り拓いた。ラッパーたちはテイストメイカーファッションデザイナーセレブになっていった。このギャングスタラップからの人気の移行が、エモーショナルラップの誕生に繋がった。
Kanye Westのアルバム『808s & Heartbreak』は失恋や喪失のテーマをオートチューンに浸した作品で、Kid CudiのメランコリーとT-Painのオートチューンからインスピレーションを得ていたこのアルバムは新時代を生み出した。
現在、ポップミュージックはヒップホップと同義となっている。Ariana GrandeNicki Minajの鉄板コンビやDrakeCardi Bのコンビまで、コラボレーションやフィーチャリングゲストが世界中のチャートでナンバーワンを獲得しており、2018年には音楽史上初めてヒップホップがロックを上回って最も人気のある音楽ジャンルの座を獲得した。
バイラルヒットとなった16歳の少女からKardashianに近い存在になったストリッパーまで、今は誰もがラッパーになれる。ギャングスタラッパーの成功を収められる可能性は消えてしまった。
しかし、ヒップホップはエクストリームを扱ってきた。その意味では今も1989年と何も変わらない。10年前にKid CudiとKanye Westがエモーショナルラップの水門を開けたが、現在はメランコリー / 憂鬱が最も収益性の高いラップのリソースになっている。
Drakeが2010年にリリースしたデビューアルバム『Thank Me Later』は、当時の新進アイコンが元恋人を懐かしく思う内容で、Kid Cudiのトレードマーク “歌唱” ラップが牽引している。
エモーショナルラップは境界線を抽象化し続けてきたジャンルの次の一歩として理に叶っている。Lil Uzi Vertはカジュアルに嘆き、死を望み、故・Lil Peepは自分のドラッグ中毒について予言的にラップしていた。ラップは過去にない深さの “悲しみ” に達しているのだ。
Kanye Westに寵愛されていることで知られるTravis Scottは2019年を通じて最高の評価を受けていたアルバムのひとつの中でオートチューンと共に "特に良いと思えるものは何もない" とつぶやいている。
ASTROWORLD』は富やグルーピーを自慢するトレンドへのアンチテーゼで、このアルバム最大のヒットトラック「Sicko Mode」はひたすら不機嫌に感じられる。ヘドニズムは空虚で無意味なものになった。
Juice WRLDLucid Dreams」はLil Uzi Vertに似ており、うわべだけの礼儀正しさを取り払ってエモーショナルな痛みを打ち出している。また、Trippie ReddLil XanLil Skiesも同様の陰気な雰囲気にしがみついている。
ヒップホップの始まりはこのジャンルの現在地とは正反対に位置している。自慢と超男性主義だったヒップホップシーンは多少インクルーシブなシーンへ変わったように思えるが、ヒップホップは変化が運命づけられている。この先何が起きてもおかしくはない。