1990年代中頃の数年間でUKダンスミュージックの最先端に位置していたのが、ドラムンベースの “インテリジェント” だった。
超高速ブレイクビーツにドリーミーなシンセを組み合わせていたこのジャングルのオフシュートは、浮遊感と禅のような平穏なムードを打ち出しており、LTJ BukemのGood Looking RecordsやFabioのCreative Sourceなどからのリリース群が話題になった。また、LTJ Bukemはもちろん、T Power、Wax Doctor、Adam Fなどのアーティストや、ロンドンのパーティSpeedなども注目されるようになった。
“アンビエントドラムンベース” や “アートコア” と呼ばれることもあった “インテリジェント” は、当時急速に細分化が進んでいったジャングルのサブジャンルのひとつで、ジャングルのパワーとサウンドを強度を下げながら模索していくオルタナティブアプローチと言えた。
2018年の “インテリジェント” は、軽視されている、もしくは忘れられているというところで、人々の記憶に強く残っているのは、1990年代中頃のドラムンベース黄金時代を支えたよりヘヴィなダンスフロア直結トラックの方だ。
しかし、このサブジャンルに独自のフィーリングがあり、EtchやResponseなど最近のドラムンベースプロデューサーや、Oliver CoastesやDJ Seinfeldのようなジャンル外のアーティストたちに影響を与えている。
“インテリジェント” の大きな問題はその名前にあった。ラフでエッジの効いたドラムンベースとの差別化を図るためにジャーナリストたちが好んで使用していたこの名前には排他的な響きがあり、シーンに関わる多くの人が嫌悪感を示した。
「エリート主義で思い上がった存在になってしまったの」と振り返るのはDJ Flightだ。BBC 1XtraやRinse FMで番組を持ち、Metalheadz Sunday SessionsやSwerveのようなトップパーティでプレイしてきた経験を持つ彼女は、ドラムンベースを全ての側面に関わってきた人物だ。
1990年代中頃は、スタイルやジャンルという枠組みはお互いを貶めるために使われているようなところがあった
彼女は、“インテリジェント” が生まれた背景にはジャングルの再ブランディングがあったとしているが、そこにはひとつの厄介な背景があった。
「ドラムンベースがブームになり、様々な雑誌でトレンドとして取り扱われていた1990年代中頃は、スタイルやジャンルという枠組みはお互いを貶めるために使われているようなところがあった」
「世間はジャングルとドラムンベースを分けて考えるようになった。ジャングルはラフでチージーな問題児的な音楽として扱われていた。その中でドラムンベースは “大人” として扱われていた」
「より洗練されたリスナーのためのものという扱いだったのよ。もちろん、そこにはある程度の人種差別的バイアスもあったと思う」
分裂
黒人と労働階級のシーンとして扱われていたジャングルと、中流階級の白人ヒップスターのシーンとして扱われていた “インテリジェント” なドラムンベースは、音楽とメディアの両方で分けられるようになったが、そこにはかなりの偏見が含まれていた。
ジャングルが多文化で包括的なファンベースを持つことや、 “インテリジェント” 側のアーティストやDJも多様で他のジャンルやシーンにも浸透していることは正確に伝えられていなかった。
ブレイクビーツ、ヒップホップ、ダブステップ、ジャングルを手がけるUKのプロデューサーEtchは次のようにコメントしている。
「ジャンルを問わず、“インテリジェント” という言葉を使用すれば、効果よりも問題の方が大きくなるだろうね。階級に近い何かを生み出してしまう。自分たち以外はIQが低いと言っているようなものさ」
「IDM(編注:Intelligent Dance Musicの略)も同じだよね。連帯しているアンダーグラウンドなシーンにこういう選民主義が入り込むスペースはないよ」
かつて、Aphex Twinは自分の音楽をIDMと呼ばれて憤慨したが、それと同じで、エリート主義者として扱われたくてドラムンベースを制作したりプレイしたりしているアーティストやプロデューサーはいないに等しい。
Mutant JazzとPolice Stateから優れたアンビエントドラムンベースをリリースした経験を持つT Powerは次のようにコメントしている。
「“インテリジェント” は、他の全てのドラムンベースが馬鹿だいうことと、全てのサブジャンルは敵対関係にあるということを宣言しているようなものだった」
“インテリジェント” という言葉のネガティブな連想性が、このサブジャンルをドラムンベースシーンから消す大きな原因となったが、その名前が何であれ、音楽は再評価される権利を持つ。
ビタースイートなサンプル、切なく歌い上げるヴォーカル、ローリンググルーヴのドラムブレイクが備わっているJodeci「Feenin’ (LTJ Bukem Remix)」、暖かい日差しのようなコードがゆったりと響くChameleon「Links」、Kurtis Blowのドラムブレイクが心地良いWax Doctor「Kid Caprice」、Bob JamesのジャズファンクフレーズをサンプリングしているAdam M「Circles」などは、全て時間と共に深みを増すクラシックだ。
Dillinja、Photek、Source Direct(Sounds of Life名義)、4heroなど、ジャングルのトップアーティストの多くは、このアンビエントサウンドを取り入れて、素晴らしいムードを生み出した。またこれら全てはダンスフロアでも機能した。
この時代のサウンドから受けた影響を自身のレーベルWestern Loreからのリリースや、最近のより強烈なジャングルトラックに持ち込んでいるDJ / プロデューサーのDead Man’s Chestは次のように語っている。
「ここまで美しいのに獰猛なサウンドを打ち出しているジャンルは多くない。クラブでは、力強いブレイクスと体が震えるようなサブベースがサウンドスケープを完全に別物に変える。トラックが突如として荒々しくなるんだ」
「俺が聴いてきた中で、最も強烈なベースラインのひとつが、LTJ BukemがThe EndでプレイしたPFM “One & Only” だった。フロアを完全に破壊していたけれど、このトラックは、ドラムンベースの歴史の中で最も艶のあるバラードのひとつでもあった」
ベストのアンビエントドラムンベースは、超高速ドラムと内省的な瞑想の美しいコントラストを生み出す。高速リズムとリラックスしたエレクトロニックサウンドという2つの異なる存在がこのサウンドを非常にパワフルにしているのだ。
DJ Flightは次のように振り返る。
「サウンドとフィーリングが好きなトラックが沢山あったわ。心を癒やし、落ち着かせつつ、恍惚感とエナジーを与えてくれた」
クラシックな “インテリジェント” サウンドは、あらゆる音楽のサンプルやサウンドをクレバーに使用する優れた能力を備えていた
議論の余地はあるかもしれないが、世界初のアンビエントドラムンベースは1993年にリリースされたLTJ Bukem「Music」だ。このトラックはAbstract Minds「Future」のフレーズをサンプリングしていた。
テクノトラックのサンプルに、それよりもさらに古い時代の音楽 − ジャズ、ファンク、ディスコ、ライブラリレコードなど − のサンプルも積極的に取り入れたことが、アンビエントドラムンベースの音楽性とフィーリングの創出に貢献した。
Pharaoh Sandersのサンプルを用いているPhotekのクラシックトラックのタイトルをアーティスト名に使用しているオーストラリア人プロデューサーRings Around Saturnは、Dan White名義とPickleman名義でジャングルもリリースしているが、彼は、この何でも取り入れる姿勢がアンビエントドラムンベースをユニークなジャンルにしたと考えている。
「クラシックな “インテリジェント” サウンドは、あらゆる音楽のサンプルやサウンドをクレバーに使用する優れた能力を備えていた」
「新しくて奇妙な雰囲気を生み出したり、家とクラブの両方でパーフェクトに機能する緊張と緩和の新しいバランスを生み出していたんだ。サウンドのコントラストが、このジャンルの魅力とミステリーの一部だと思う」
様々なサンプルソースから集めたサンプルをひとつにまとめ上げて刺激的なサウンドを生み出す能力こそが、 "インテリジェント" のレガシーであり、Etchのサウンドの中には同じアティテュードとアプローチが確認できる。
「僕はこのジャンルから影響を受けている第3世代と言えるね。ジャズ、ソウル、ファンクから多大な影響受けていたオリジナルの世代は、モダンなテクニックやその時代ならではのスタイルを使ってそれらのルーツを翻案していた」
「そして他のハードコアスタイルを次々と通過したあと、今は僕の音楽の中に存在しているってわけさ」
その名前に紐付けられることを好むアーティストはほとんどいないが、“インテリジェント” ドラムンベースは、その敵対的な名前ではなく、音楽史を構成するひとつの重要な音楽として記憶されるべきだろう。