古くからセーリングはのんびりと楽しめるスポーツだと思われている。爽快なスポーツだが、セーラーたちは暑い夏の日差しを浴びながら冷たいドリンクを楽しんでリラックスしているというイメージだ。しかし、同時にセーラーはやや粗野な人間の集まりだというイメージもある(映画『トップガン』の海軍兵はそのようなイメージで描かれている)。
しかし、世の中には1%のエリートセーラーのためのエリートセーリングレースが存在する。このレースは、最先端技術が結集されたヨットを操り、世界で最も優れたセーラーたちを決めることが目的だ。セーラーたちはそのレースを「アメリカズカップ」と呼ぶ。そう、これは我々のイメージとは大きく異なるものだ。
たとえば、アメリカズカップのヨットは文字通り海面を飛ぶように走る。その姿はまるでF-18戦闘機が海面をセーリングしているかのようだ。宇宙ロケット船を連想させるルックスのそのヨットは、実際にロケットさながらの高速で同じ速さのライバルヨットと共にレースコースを駆け抜ける。そのスピードはセーラーたちがGフォースを感じるほど高速で、しっかりと船体に掴まっていなければ、この映像のセーラーたちのように海に落下する他ない。
その驚くべきスピードの中、セーラーたちのメンタルとフィジカルは限界まで追い込まれる。レース中は一息つく余裕は一切ない。「レースでは肉体が限界まで追い詰められ、あっという間に疲労が蓄積されていきます。そんな疲労とストレスの中でも、常に正確な判断を下していかなければならないのです」と語るのは、Oracle Team USAのスキッパー(艇長)を務めるジミー・スピットヒルだ。彼は更にこう続ける。「他のスポーツのようにタイムアウトもありませんし、ハーフタイムも存在しません。監督やコーチなどフィールド外からの助けをあてにすることもできないんです」
ハーフタイムもなければタイムアウトもない、とは一体どのような意味だろう? つまりセーラーたちは常時100%のパフォーマンスを出し尽くす必要があるということで、その結果、彼らはジムでシリアスなワークアウトに取り組んでいる。高強度トレーニングは非常にタフなセッションだが、その辛さを100倍にしたものがOracle Team USAのクルーたちがこなしているワークアウトだ。彼らはバーピー(編注:スクワット / 腕立て伏せ / ジャンプを組み合わせたエクササイズ)を数限りなくこなしつつ、100kgを超えるデッドリフトも行う。彼らは優れたバランス感覚と、何分間も息を止めていられる強靭な心肺機能を持ち合わせていなくてはならないのだ。レースでの彼らはボクシング、トランポリン、スイミングを組み合わせたような運動を行わなければならない。
「現代のヨットレースは本格的な運動競技ですよ。私たちが経験するフィジカルの限界と負荷は、セーリングではこれまで存在しなかったレベルです。もはやNFLやNBAなどのメインストリーム・スポーツにも匹敵すると思います」とスピットヒルは語る。
しかし、彼らの最終目標は、セーリングと勝利のふたつだ。セーリングは簡単ではない。そして、驚くほど厳しいレース環境では勝利するのも簡単ではない。レースで誰が勝つのかは、まさに “神のみぞ知る” だ。それ故に、勝利した時の見返りは途轍もなく大きく、その味は病みつきになる。彼らのスピードへの追求に終わりはない。
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