Caterpillar 773G
© Maruo Kono
Motoring

重機で本気でレーシング

50トンという車重に27000ccという排気量。クルマと呼ぶにはあまりに途方もないスケールに圧倒されつつも、この鈍重すぎる“レーシングマシン”のアクセルをいざゼンカイで踏み抜く。
Written by 中三川大地
読み終わるまで:7分公開日:

4分

Jyuki De Racing

Jyuki De Racing

空に憧れを抱き、小さな模型飛行機を縦横無尽に振り回して遊んだ。それが日本人で唯一、レッドブル・エアレース・ワールドチャンピオンシップで活躍するパイロット、室屋義秀さんの原体験だったという。
ならば、スポーツカーやレーシングカーよりもむしろ“働くクルマ”のミニカーが大好きだった僕だって、その原体験を活かせばきっと、いや、絶対に、世の中になにかしらの興奮をお届けできるはずだ。

一番でっかい重機に乗りたい

それは、スポーツカー好きの人間が「いつかはF1マシンに乗りたい」というのと同じ感覚なのかもしれない。どうせ“働くクルマ”に挑むのなら、誰もが認める最高峰がいい。そんな思いを抱いて悶々とした日々を送っていた僕を、まるで挑発するかのように1台のマシンがイカつい表情で現れた。
Caterpillar(キャタピラー)製のオフ・ハイウェイ・トラック、773Gである。その頃、SEMA SHOW(世界最大級のカスタムカーショー)へいって、デカくてゴージャスなアメリカンSUV&トラックのカスタムカーに圧倒されていた僕だったけれど、それらがすべて子供に見えてしまうサイズ感と、魅力的なプロポーションには一目惚れしてしまった。
全長10メートル、全幅4.5メートルで、車両重量50トンにも及ぶ巨体を、排気量27000ccもの直噴ディーゼルターボエンジンが引っ張る。なによりも、背負い込んだ巨大なベッセルでさらに50トン以上を担ぐことができる。この巨体を前にして「相手に不足はないな」とひとりごちる。
Caterpillar 773G

Caterpillar 773G

© Maruo Kono

重機――、正確には車両系建設機械

773Gは公道を走れない巨大なダンプトラックであり、車両系建設機械に該当する。コイツを制覇するには労働安全衛生法による技能講習を受ける必要があるらしい。普通のオトナならここで、夢を夢のままにして諦めるだろう。ところが、 昨年の夏に「一番、ちっぽけなクルマで旅したい」とぶちあげ、実際にナンバー付きの50ccカートで500kmを制覇した僕は、少しいい気になっていたのかもしれない。
ふと気が付けば僕は、まるで新入生気分でキャタピラー教習センターの門をくぐり、6日間、38時間に及ぶ車両系建設機械(整地・運搬・積込み用及び掘削用)運転技能講習を受けていた。もちろん、重機に対する最低限の礼儀として、全身レーシングギアで身を固めることは忘れなかった(※注:ヘルメットは演出上特別に着用したものです)。
油圧ショベルで掘削をしているつもりが、ただ土を散らかしただけ。そんな僕の横で、過去に祖国でさんざん働いてきたのだろう、まるで手足のように油圧ショベルを使いこなす凄腕ベトナム人と仲良しの同級生になった。
Caterpillar 773G

Caterpillar 773G

© Maruo Kono

コワモテは僕に優しかった

真新しい技能講習修了証を大切にポケットにしまって、颯爽と車内に乗り込む。キーをひねり、メーターやモニターにある警告灯のすべてに異常がないことを確かめたら、さらにキーを奥へとまわす。一瞬の静寂が訪れた後、重々しいクランキングとともに荘厳なディーゼルの音が身体全体を包み込む。
近所の路地に生えているような巨大なサイドミラーは、はるか遠くの景色を反射させている。考えてみたら、ここに乗り込むだけでハシゴと階段を何段も登ったっけ。その大きさを考えるだけで、もう手に汗がにじんできた。
でも、外から眺めるよりもずっと車内は快適である。ダンピング機能の付いたシートはまろやかで、もちろんエアコンもばっちりと効く。絶対的なボディサイズは尋常じゃないくらい大きいけれど、大地を見下ろすような感覚で座っているし、いくつもの巨大ミラーやバックモニターも備わっているので、死角は多いけれど車幅感覚を掴むのって実はさほど難しくはない。
動かすだけなら、操作方法は普通のオートマ車と同じ。ギアはD(ドライブ)に入れっぱなしでいい。ただし下り坂や重量物の積載時には、マメにギアをホールドして適切な速度を維持する必要があるという。思いのほか普通の運転感覚なだけに「50トンを動かしている」という意識を忘れそうになるものの、無茶して限界を越えた時は強烈なしっぺ返しを食らうのか。
Caterpillar 773G

Caterpillar 773G

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アンダーもオーバーも出た!

しかし、ただ動かすためだけに、仕事を放り出してまで1週間近い時間をかけて資格を取ったわけじゃない。コイツの本性を露わにして世の中に興奮をお届けするのが責務である。無理も無茶も承知のうえで、スロットルを奥底まで踏み込む。コンマ1秒を削るためにパイロンぎりぎりでアウト・イン・アウトのラインを取り(何本も踏みつぶしたけれど……)、軽い感触のハンドルをぐるぐると回す。電子制御の7速トランスミッションは、速度とスロットルの塩梅で瞬時に変速を繰り返してくれる。
ぬかるんだ場所ではトラクションコントロール(TCS)が威力を発揮し、そのトルクを巨大なタイヤを通してきっちりと駆動力にかえていく。いくら巨大だろうが重かろうが、れっきとしたクルマだ。ブレーキングで前に荷重をかけつつステアリングを切る。気を抜くとアンダーステアになり、きっかけを与えるとオーバーステアっぽくもなって、ちょっぴりスポーツカー気分である。
50トンを越える車両重量によって加速、減速、コーナリングのすべてを“鈍重”にこなし、タイトなコーナーではトラクションコントロールシステムの効果(と、ちょっぴり僕の見事なハンドルさばき)が手伝って、すこぶる高い旋回性能を味わった。
自分が773Gを手なずけているようでいて、ちょっぴり嬉しくなった。
Caterpillar 773G

Caterpillar 773G

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重機の本気でわかったこと

なにも考えず、ただ覚悟だけを決めてドアをバンッと閉め、ピットから飛び出していく。あの清々しさ、高揚感を、久しぶりに体感した。
誰よりも“速く走る”ことを至上命題として生まれるのがレーシングカーだ。
対して773Gに課せられた使命は、誰よりも“速く運ぶ”こと。そのために最大で50トン以上を積むことができて、いかなる環境下でもへこたれないタフさがあって、そして長時間運び続けるために乗員に優しい性能を持っている。
「人間にとって厳しい条件の重なる砂漠地帯や、鉱山の採石場などで長時間運び続けるためのものなんだから当然さ」。773Gのクールな眼差しが、そう訴えかけてきたようだった。
コワモテな外面と怪獣すら倒せそうな力持ちの、その内面に秘められた優しさ。それは「勝てるマシンは、ドライバーのミスを誘発させる疲労を少しでも軽減させるために快適である」というレーシングカーの優しさと妙に似ていた。
結局、僕は世の中に興奮をお届けできたのか見当も付かず、相変わらずの自己満足に浸っただけだった。でも、日頃からこの巨体を手足のように操り、土砂を効率的に運び出すプロフェッショナルの方々に最大の敬意を込めて、こう断言したい。
コイツは世界一遅いスーパーカーだ。
Caterpillar 773G

Caterpillar 773G

© Maruo Kono

SPECIFICATIONS Caterpillar 773G
■ボディサイズ:全長10070×全幅5675(ミラー等含む)×全高4460mm ホイールベース:4215mm トレッド(前/後):3205 /2930mm 車両重量:50500kg 最大積載量:52200kg(ライナ付デュアルスロープベッセル) ■エンジン:CAT C27ディーゼルターボ(12気筒、4サイクル直噴式、空冷式アフタークーラー付) ボア×ストローク:137.0×152.0mm 総排気量:27000cc 定格出力:578kW(786ps)/2000rpm ■最高速度:67.5km/h ■トランスミッション:7速AT ■駆動方式:四輪駆動 ■ステアリング:全油圧式 ■サスペンション:ニューマチックオイルサスペンション ■ブレーキ(前/後):油圧作動乾式キャリパディスク/油圧作動密閉湿式多板ディスク ■最小旋回半径(最外側):13.05m ■タイヤサイズ:24.00-R35(E-4)ラジアル ■燃料タンク:795ℓ ■車両本体価格:1億円(参考価格)
◆プロデュース:須藤義一
◆動画制作:小林邦寿
◆写真撮影:河野マルオ
◆出演:中三川大地
◆取材協力:
キャタピラージャパン  http://kenkipro.com/
日本キャタピラー  https://www.nipponcat.co.jp/