F1とその他のレースカテゴリーを分ける決定的な違いとは何だろうか? これについては様々な意見がある。
「F1は最速マシンが揃っているから」、「F1はベストドライバーたちが戦っているから」 − 多くの人がこのような意見に同意するはずだが、異議を唱える人もいる。
サーキットに限定しなければ、F1よりも速いレーシングマシンは他にも存在する。また、F1ドライバーたちはモータースポーツ界の頂点に位置すると言い切るなら、セバスチャン・ローブやマルク・マルケス、バレンティーノ・ロッシたちの功績は過小評価されてしまう。これが彼らの言い分だ。
Scuderia Toro Rossoのテクニカルディレクターを務めるジェームス・キーがToro Rossoファクトリーツアーの案内役を買って出て、F1マシンが設計・製作を経てサーキットへ送り出されるまでの過程を解説してくれた。
まずは次の映像をチェックしてみよう:
3分
How to make an F1 car
Toro Rosso shows us how an F1 team is in a constant development cycle.
そう、F1と他のカテゴリーと大きく違う特徴は、マシン開発だ。デザインから製作まで、F1チームは一定の開発サイクルで動いており、何百人もの従業員(イタリア・ファエンツァに拠点を置くToro Rossoは450名。さらに多いチームもある)が、マシン改良のために1年を通じて全力で作業している。
そのための場所がファクトリーだ。しかし、F1チームのファクトリーはいわゆる "工場" という意味合いだけでは十分に表現できない。F1ファクトリーとは、より速いレーシングマシンを継続的に製作するという、たったひとつの目的のために組み上げられた巨大な "機械" なのだ。
設計
F1マシン開発プロセスは設計から始まる。ひとくちに設計といっても、そこにはテクニカルオフィスに在籍する数百名のスタッフが分担するおびただしい量の作業が含まれる。
マシン設計は、上級スタッフ陣がニューマシンに求めるべき基礎コンセプト(サスペンションのタイプ、ホイールベースの長さなど)をまとめることから始まる。
そこから作業が細分化され、複数のチームが複合素材 / サスペンション / 油圧システム / トランスミッション / 制御システムなど各部の設計に取り組む。各チーム内には設計試験(バーチャル / 物理の両面)を担当するチームが存在し、設計が最終承認されるまで徹底的に改良点を洗い出す作業が繰り返される。
並行して、さらに別のエンジニア陣が多様な設計エレメントの統合とパッケージングに取り組む。全てをエアロダイナミクス開発部署が設計したボディワークに収まるようにする必要がある。F1マシンの設計では、外部形状が絶対的に優先され、そこに合わせて機器類を収めていくのが一般的だ。
CAD / CAM
F1チームの上級スタッフの中には、いまだにシャープペンシルと製図板を好む奇特なデザイナーが数多く存在するが、F1マシン設計のデザイン作業の大半は、CAD(Computer-Aided Design)ステーションで行われている。
CADモデルが最終承認を受けると、図面は実際の切削作業を担う工作機械を制御するCAM(Computer-Aided Manufacturing)データに変換される。
F1チームが市販パーツを使ってマシンを組み立てられるなら、彼らはそうするだろう。しかし、ほとんどの場合それは不可能だ。F1とは、世間には存在しない軽量で高剛性なパーツにフォーカスした、特注的性格の強いスポーツなのだ。よって、ファクトリーの製造ルーム内のCNC旋盤やマシニングセンターは常に稼働している。
全F1チームはそれぞれ2台のマシンを走らせているが、各チームは年間を通して同一のシャシーを4〜5台製作する。かつてはより多くの台数(チームによっては10台近く)を製作していたが、年間のテスト走行が制限されている現在では、シーズンを戦うには4台で十分と考えられている。
しかし、シャシー製作台数が少なくなったからといって、チームの作業量が減少するわけではない。同じ仕様のF1マシンが複数のレースを走ることはない。実際、次の日も同じ仕様が採用されることはまずない。
パーツの軽量化・高剛性化、空力性能の向上など、チームは継続的にデザインの改良を行っているため、レース毎に新たなパーツが投入されるのが常だ。
ある上級エンジニアの概算では、彼が所属するチームは2月のニューマシン発表から11月の最終戦までの間に約2万回ものデザイン変更を行うという結果が出ている。ファクトリーのパーツ製造ルームに休憩時間はない。
カーボンファイバー
ファクトリーでは、パーツ製作ルームとカーボンコンポジット・ワークショップが密接に連携している。
F1では、1970年代からボディワークやウイングにカーボンファイバー製パーツが導入されはじめ、1980年代にカーボンファイバーが企業向けに販売されるようになると、極めて剛性の高いカーボンファイバー・モノコック(FIAからは "サバイバルセル" 、エンジニアからは "タブ" と呼ばれる)が登場した。
現在、カーボン複合素材は市販車や旅客機でも使用されているが、カーボンファイバーは依然としてF1の代名詞であり続けている。高剛性と軽量性を兼ね備えたカーボンファイバーは、F1にとってパーフェクトな素材だ。
F1のカーボンパーツ製作過程には手作業と機械加工が混在している。多くのパーツは、カーボンプリプレグの積層が手作業で行われたあと、オートクレーブで熱と圧力を加えてレジン層とカーボンファイバーを接着することで生み出されている。
ジェームス・キーは、Toro Rossoでは2016シーズン中に約7万7千個ものカーボンパーツが製作されたとしている。
パーツ製造はF1マシン開発の中では地味な部類に入るが、気合いが入った予選ラップや迅速なピットストップと同じく、チームを勝利に導く要素だ。そこにはインスピレーションが活躍する部分も残されているが、いったんニューマシンが走り始めると、あとは反復作業が主体になる。
チームは継続的にデザインの改良を行っており、リファインのたびにマシンは速さを増していく。しかし、CAD / CAM上でいくら優れたマシンを設計できたからといって、それらのデザインを現実化する製作能力がなければ意味がない。
デザイン変更の多くは、1000分の1秒を削り取ることが目的だが、大規模なアップグレードでは100分の1秒単位での大幅なゲインが得られる場合もある。
新型のフロントウイング(チームはシーズンで3〜4回のアップグレードを行う)などのアイテムは数百個のパーツで構成され、その製作には数週間を要する。これらのアイテムを迅速に製作できるチームやスケジュールを前倒しして1レース早く投入できるチームは、常にアドバンテージを得ることになる。
品質管理
どれほど速いマシンを作っても、完走してチェッカーフラッグを受けられなければ意味はないに等しい。そのため、F1ファクトリーでは品質管理に多くのリソースを割いている。
製作されたパーツは、マシンへの装着、あるいはマシンショップへの納品前に厳格な検査を受けており、レース終了後も多くのパーツが再検査を受ける。スケジュールに十分な猶予がある時は、マシンは一度全て解体されたあとリビルドされる。
このような検査で重要な部分を担っているのが、ミクロン(1mmの1000分の1)単位まで正確に計測できる三次元測定機だが、X線や浸透探傷検査など様々な非破壊検査手法(NDT:non-destructive testing)を用いて、パーツの内部構造の異常もチェックしている。
組み立て
設計、製作、検査を終えた完成パーツはファクトリーを訪れるゲストがこぞって見たいと願う場所、レースベイへ運ばれる。
F1マシンは、中心から外側に向かって組み立てられる。マシンのコアはモノコックだ。エンジンがモノコック後部にボルトで締結され、さらにギアボックスがエンジン後部にボルトオンされる。これを中心に、その他のパーツ群が組み込まれていく。
ニューマシンの組み立て作業は、最初こそ数週間を要するが、メカニックたちが徐々にプロセスを習熟していくので、最後は彼らの体に染み付いているかのように迅速に行われるようになる(デザイナーが整備性も考慮して設計変更をしているのも助けになっているはずだ)。
予算が潤沢なビッグチームは、レースベイでマシンの解体を担うセカンドクルーを用意して、サーキットで働くレースクルーが束の間の休息を取れるようにしているが、Toro Rossoのようなスモールチームでは、レースクルーがファクトリーでの解体とリビルドを兼任している。