チェス
チェス・グランドマスター:ヒカル・ナカムラ
チェス最強プレイヤーのひとりで、今回Red Bullアスリートとして契約したヒカル・ナカムラを紹介する。
ヒカル・ナカムラ(中村光)はチェスのグランドマスターだ。グランドマスター(GM)とは終身有効なタイトルで、チェスの最高位にあたる。
ヒカルは2003年、15歳79日という当時史上最年少でGMを獲得し、その後全米ナンバーワンのタイトルを獲得すると、現在に至るまで世界トップ10圏内に留まり続けている。
ヒカルはチェス界でそのアグレッシブなスタイルが愛されており、他のGMから全米史上最高のチェスプレイヤーだと称えられている他、ファンからはまだまだ成長してくれるはずだと期待されている。
チェスマスターの継父、13度の全米チェスチャンピオンを誇る兄に囲まれてニューヨークで育ったヒカルは、対局では常に冷静で自信に溢れた姿を見せている。またヒカルは世界ナンバーワンのブリッツチェス(Blitz Chess:早指しチェス)プレイヤーとしても高い評価を得ている。
Red Bullアスリートとなった彼に、今回は対局への臨み方やプレイスタイルなどについて語ってもらった。
僕が今の位置に立てたのは、小さい頃にインターネットで何時間もチェスをプレイしたからです。長時間費やすこと自体に実際どれだけの価値があるかは分かりませんが、オンライン対局、そして実際の対局に取り組み続けたことが、今の僕を作り上げました。
個人的には時間を費やすことは大切だと思います。ただし、それが10000時間なのかは分かりません。それ以上かも知れませんし、それ以下かも知れませんが、氏の意見は上達することを目的としているのであれば、ある意味正しいと思います。
当然、ある程度の才能は必要だとは思いますが、特にチェスの世界では、それ以外の部分が大切です。僕が幼い頃は本当に素晴らしい才能を持った人たちが沢山いて、彼らは僕よりも短い時間で僕よりも強くなっていきました。でも、彼らはその後でいわゆる「壁」にぶつかり、成長に苦しみました。
彼らは壁にあたった時、そこから学ぶ術、または成長を続ける術を知らなかったのです。一方、その頃の僕は、最初のトーナメントに出場して、全対局で負けるようなプレイヤーでした。
もちろん、そこから急速に成長していきましたが、当時他の人たちが何の苦もなくプレイをしていたのに対し、僕はそこまでの能力がありませんでしたので、沢山の努力をする必要がありました。チャレンジしてチェスをより深く理解しなければならなかったのです。
対局に向けた準備について
ワールドランキングに関わってくる対局の多くは進行が遅く、長時間になります。中には6時間に及ぶ対局もあります。また通常のトーナメントは毎日、2週間に渡って開催されます。
ですので、体調をしっかり整えておく必要があります。対局は長くなりますし、対局ごとにプレッシャーも大きくなってきますので、フィットしている必要があるのです。
僕も時間がある時はテニスをするようにしていますし、ランニングやトレッドミルもこなします。これらが今行っている「運動」です。
チェスのイメージを悪くするつもりはありませんが、15年から20年前のチェスプレイヤーの多くは素晴らしいプレイヤーでもチェンスモーカーだったり、太りすぎたりしていました。
ですが、今のトッププレイヤーの中には、タバコを吸う人や太り過ぎている人は殆どいません。チェスにおいては、過去に比べてフィジカル面が重視されるようになってきているのだと思います。
対局相手の研究について
対局相手の研究とは、彼らのプレイスタイルや狙い、そして何故そこまで強いのかを探ることにあります。どうやって彼らは勝ちを重ねてきているのか? 何故負けたのか? という部分です。
彼らのマインドセットを理解し、どのように対局に取り組んでいるのかを研究します。その場で臨機応変に対応する時もありますが、通常、各プレイヤーはしっかりと準備してくるので、相手がどう出てくるかについて把握しています。
対局への入り方について
チェスの対局には2通りの入り方があります。例えば対局開始直後では、数学的で正確なアプローチで対局に入る人が多いです。
準備段階と言ってもいでしょう。彼らが使う手は限られています。正確な動きで、ミスなどをしないように配慮し、初手から15手位までは、準備してきた通りに進めていきます。すべてを記憶していて、その通りに動かしていくのです。
その一方で、僕のような彼らほど数学的で正確なアプローチを用いないタイプがいます。僕は手順こそどうであれ、ある局面まで持ち込むことを狙っています。そしてそこから上手くプレイした方が勝つというアプローチです。
ですので、クリエイティブな部分は対局そのもので表現されると言えるでしょう。両プレイヤーがどういう状況なのかを理解できるような局面まで持っていきます。ただし、その時にその状況をより良く理解する、更に先を読む、または複雑なポイントを把握する必要があります。
好きな駒について
今はビショップですね。
頻繁に好きな駒が変わる訳ではありませんが、昔はナイトが大好きでした。何故なら僕は ブリッツチェスの大ファンだからです。
ナイトはブリッツチェスでは非常にトリッキーな駒になります。というのは、盤面を自由に飛び回れるので、沢山の駒を奪えるのですが、注意しなければいけません。特にブリッツでは一層の注意が必要です。何故なら、その自由度故に、一度ミスムーブをしたら、クィーンが奪われてしまいます。
とにかく、かつてはナイトでしたが、今はビショップが好きですね。
勝敗について
チェスのトーナメントの多くは、勝ち抜き戦ではありません。ですから、大抵は負けた次の日も対局があります。また対局相手を選り好むこともできませんし、最強レベルのプレイヤーとの対局もあります。
すぐに忘れること、頭を切り替えられることが、敗戦から立ち直る際には非常に重要なポイントになってきます。
負けて落ち込んだり、苛ついたりした翌日に立ち直るためには、メンタルさえ強ければ良いという話ではありません。
実際の対局では、それよりも周囲の雑音を排除し、対局に集中して、自分のスタイルに活路を見いだせる環境に身を置くことが大切です。何故なら、チェスで悩んだり、負けたりした時は、気持ちがふらついてしまい、ネガティブな考えに支配されて集中できなくなってしまう時が多いからです。
一流のチェスプレイヤーになるために一番大切なのは、酷い対局を忘れて、気持ちを切り離し、何もなかったかのように翌日の対局に臨める能力だと思います。
eSportsについて
チェスの何が他と違うのか、それは教育的にプラスだという部分です。チェスは色々な意味で、人生に似ています。チェスでは最良のムーブを探していきますが、ミスムーブをした時にどういう結果が生まれるかを把握しておく必要があります。チェスでは論理的なアプローチ、そして数歩先を読むことが重要です。「次にどうなるかを考えずにただ行動する」とは違います。チェスはこういう教育的な側面があるため、現実世界で活かせる多くのことを教えてくれます。
また競争の側面もありますので、競争力を培うのに役立ちます。盤上では特にそうです。誰かと対局すれば、勝ちたいという気持ちになると思います。
eSportsとは共通点もあります。特にブリッツチェスとは共通点が多いと思います。ブリッツチェスではネット対局でも、実際の対局でもスピードが物を言います。誰が一番速く指し、誰の計算が一番速いのかが問われます。
スピード、そしてビジュアル的にもブリッツチェスはeSportsに良く似ていると思います。
敵を倒すことについて
「ぶっ潰してやる」というアプローチで対局に臨んだことはありませんが、対局した時に倒したいと思うプレイヤーの数は多いですね。向かい合った時に倒してやると思う人はいますよ。
ここでは名前は伏せておきますが、トップ10のうちのある2人については、対局するたびに絶対に倒したいと思いますね。
チェスの進化について
チェスは他のスポーツ同様、過去の人たちによって築き上げられてきました。数百年に渡って築き上げられてきた基板の上に成り立っているゲームですが、今は情報の数が非常に多いと感じています。
情報が増え、チェスを簡単に楽しめる人が増えたため、Bobby Fischerがプレイしていた時代よりも深みが増したと思います。
例えば、Fischerが 42年前にアイスランドでワールド・チャンピオンシップを戦った時、彼が準備していたのは、対局相手だったBoris Spasskyの過去50戦の情報が書かれたノート1冊だけでした。
ですが、今は様々なチェス用のプログラムがありますし、数時間もあればコンピューターで50戦のチェックが行えます。情報が大量になったため、結果的にチェスは過去よりも難しくなりました。またプレイヤーも学べるようになったので、昔のような馬鹿げたミスをしなくなりました。
また、情報を短時間で学ぶ力も重要です。学習できるかどうかがフィジカル面に影響を与えます。何故なら、序盤で有利に進めることが出来なければ、長時間の対局にもつれ込みます。また有利に立とうとし、局面を変えようとするのにも体力が必要とされます。
Red Bullアスリートになったことについて
チェスのためには良いことだと思います。チェスのことを多くの人に知ってもらえるのは良いことですから。Red Bullを飲むのも好きですしね。長時間の対局では集中していなければいけませんから。Red Bullはそういう時に向いています。
Red Bullが関わってくれたことは素晴らしいと思います。全体のためになると思います。
