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格闘ゲーム史上最高のスケール感を打ち出していたトレーラーのひとつは次のようなシーンから始まる。薄暗いオフィスの椅子に座り、頬杖をついてモニターを眺める風間仁。仁は父親三島一八が「見ているだろ? お前が会いたがっているのは…」と語りかける映像をリピート再生している。再生を止めて椅子の背にもたれかかり目を閉じる仁と大理石の床に外の通りの光が反射する。しかし、オフィスの中にいるのは仁だけではなかった。オフィスの中からあの聞き慣れた声が響く。
「三島のトップがこんな若僧とはな」
オフィスの暗がりの中から突然ベガが姿を現し、不敵な笑みを浮かべる。その直後、今度はオフィスのドアが破られ、リン・シャオユウがジュリに蹴り飛ばされる形で飛び込んでくる。ジュリは倒れているシャオユウを片足で踏みにじると、ベガに向かってこう言い放つ。「独り占めすんなよ。あんな美味そうなのを」
その後のバトルは短時間だが、そのヴィジュアルは圧倒的なクオリティを誇っており、視聴者は派手に描かれたベガのサイコクラッシャーや、オフィスの巨大な窓ガラスに叩きつけられたあとにデビル化する仁などを確認することができる。このトレーラーは、忠実なファン層と新規プレイヤー層の両方を取り込めるマーケティングパワーを美しい形で示している。このトレーラーは、ゲームの内容とは一切関係なかったが、格闘ゲームファンに期待を抱かせることになった。そして、最近の他のトレーラー群も示している通り、このような期待感は、格闘ゲームコミュニティの活性化に大きく役立つ。
少しの違いが大きな差を生む
格闘ゲームの歴史の中には、いくつかの魅力的なトレーラーが存在する。『Street Fighter X 鉄拳』はプロモーショントレーラーをシリーズ化することで、パワーと謎に満ち溢れた壮大なストーリーラインを生み出し、実際のゲームプレイ映像が公開される前からファンの興味を引くことに成功した。また、『鉄拳5』と『鉄拳6』のトレーラーもストーリーの一部をシネマティックに見せることで、普段は格闘ゲームにあまり興味がない層にもゲームをアピールすることに成功した。これまで紹介したトレーラーは全て "マスターピース" として扱われており、今でも適度なストーリーと派手なアクションを好む人たちの興味を引きながら、その評価に相応しい立ち位置を維持している。
しかし、トーナメントプレイを好む最近の格闘ゲームファンの多くがシネマティックな演出よりもゲームプレイを重視しているように思える近年は、シンプルなトレーラーを公開するだけでは許されない。この事実は、EVO2017での『ストリートファイターV』のアビゲイル参戦決定トレーラーの発表後のリアクションが如実に物語っていた。
オリジナル(『ファイナルファイト』の敵キャラクター)のデザインとは大きく異なる姿のアビゲイルが、車を運転する真似をしながらスクリーンに登場した時、会場のファンはこの筋骨隆々のこの巨大なキャラクターをどう受け止めて良いのか分からなかった。『ファイナルファイト』を良く知っているファンが辛うじてオリジナルの名残を確認できただけで、その他のファンやプレイヤーが映画『マッドマックス』のようなディストピア感を醸し出す衣装と肉体を備えているこの巨漢を理解するまではしばらく時間がかかった。
一方、Capcom Cup 2017で発表されたさくらの参戦決定トレーラーに対する視聴者のリアクションは真逆だった。Capcom Cup 2017の直前に開催されたRed Bull Battle Groundsのグランドファイナル終了後に会場に舞った紙吹雪の中に桜の花びらが確認されたため、格闘ゲームコミュニティはすでにさくらの参戦をある程度予想できていた。また、彼らはさくら以外のクラシックキャラクターがシーズン3で参戦することも予想していた。
もちろん、さくらは、アビゲイルに対してアンフェアなアドバンテージを持っていた。さくらには『ストリートファイター』シリーズ生え抜きのキャラクターとしての長い歴史があり、彼女の性格と技は多くのファンを生み出していたからだ。しかし、期待感の煽りと技のデモという2つの役割を担っていたさくらのトレーラーは、アビゲイルのトレーラーと比較すると全体的にクオリティが高く、コミュニティ全体の感情を好意的な方向へ傾けて、コミュニティの中に多くの会話と興奮を生み出した。このトレーラーはシネマティックな演出が全てではないことを示していた。
2017年に大きな話題を生み出したもうひとりのキャラクターが、『鉄拳7』に参戦したギース・ハワードだった。ギース参戦もさくら参戦と同じくある程度予想されていたものだったが、『鉄拳』シリーズのプロデューサー原田勝弘がSNKと話を詰めているという噂がその予想に繋がっていただけで、『鉄拳』チームから公式にヒントが出されていたわけではなく、その意味でさくらとは流れが大きく異なっていた。EVO2017で発表されたそのトレーラーが、『餓狼伝説』シリーズ最大のヴィランの顎から下と不敵なセリフで始まると会場にはどよめきが起き、襖が次々と開いてギースが振り返った瞬間、会場は大歓声で包まれた。
ギース・ハワード参戦決定トレーラーは、シリーズ外のゲストキャラクター参戦という純粋なサプライズにより、EVO2017のファンに興奮をもたらしていた。しかし、2017年の格闘ゲームコミュニティにもたらされたこの手のサプライズトレーラーは他にもあった。『Injustice 2』の『ティーンエイジ・ミュータント・ニンジャ・タートルズ』参戦決定や、『鉄拳7』のノクティス・ルシス・チェラム(『ファイナルファンタジーXV』)の参戦決定、そして『BLAZBLUE CROSS TAGBATTLE』の制作決定は、ファンに様々な形でサプライズと興奮をもたらし、トーナメントシーンとカジュアルシーンの両方に話題を振りまいた。
キャラクターかゲームか
格闘ゲームをベテランプレイヤーと新規プレイヤーの両方にアピールするためには、キャラクター発表が非常に大きな役割を担っている。クラシックキャラクターの最新作参戦や、ゲストキャラクターのスペシャル参戦は、両方に興奮と期待を与える。キャラクターは、独自の参戦決定トレーラーを通じて固有のシステムや技と共に発表される場合もあれば、『ストリートファイターV:Arcade Edition』(以下『SFV:AE』)のようにゲーム全体を紹介するトレーラーの中で発表される場合もある。
『SFV:AE』のトレーラーは多くのファンに期待を抱かせることになった。このゲームのコミュニティは、『ストリートファイターV』シーズン2で新キャラクターが大量に追加されることが明らかになったあと、サガットをはじめとするクラシックキャラクターたちの復活を願い続けていた。その中で、Capcom Cup 2017のグランドファイナル終了後、小野義徳は発表がさくらの参戦決定トレーラーだけのように思わせ、コミュニティを一瞬失望させたが、すぐにお馴染みのブランカを取り出して「ワンモアサプライズ」を提供することを発表。その "ワンモア" は彼らの希望に沿ったものだった。
会場が目撃したのは、『ストリートファイター』シリーズ史上最も美しいヴィジュアルとハイプが詰まったトレーラーのひとつだった。瞑想するリュウのイメージとして、新たにデザインされたクラシックキャラクターたちが美しいアニメーションと共に次々と発表されていった。キャラクターが実際に動く姿は、全員を引きつける魅力的な要素だ。格闘ゲームのトレーラーは正しい形で使われれば、視聴者をすぐにゲームをプレイしたいという気持ちにさせることができる。
優秀な格闘ゲームトレーラーとは?
上のように書くと、キャラクターが実際に動く姿はトレーラーに不可欠な要素のように思えるかもしれないが、『Ultimate Marvel vs. Capcom 3』のトレーラーは、必ずしもそうではないことを示した例のひとつだった。このトレーラーに登場するキャラクターは全て静止しているのだが、その姿は動いている姿を想像させるに十分なクオリティだったため、シリーズのファンは動かないお気に入りのキャラクターの姿だけで、このゲームについて興奮を覚えることになった。
これはこれで正しいとするのなら、格闘ゲームのトレーラーでは、いったい何がハイプを生み出す要因になっているのだろうか? キャラクターの発表は興奮を生み出す大きな要因のひとつで、ゲームプレイ映像と魅力的なヴィジュアルもそうだ。しかし、『鉄拳6』と『Street Fighter X 鉄拳』のトレーラーに話を戻すと、これらのトレーラーには新キャラクターは登場しないが、ストーリーのビルドアップとキャラクター同士の関係性が、熱心なファンと新規プレイヤーたちに興味を持たせている。
これまで紹介してきた全てのトレーラーにはハイプを生み出す要因が備わっていると言える。これらは我々をいち早くゲームをプレイしたいという気持ちにさせる。Maximilian Doodが格闘ゲームに対する個人的な見解を述べているYouTube映像が、何がハイプを生み出しているのかについて最も上手く説明していると言えるだろう。
格闘ゲームは、ゲームプレイと同じくらいプレゼンテーション、アートデザイン、サウンドも重要だ。僕の中では、これらが全て揃ってひとつのゲームなんだ
彼の説明は格闘ゲーム全体についてだが、今回紹介してきた例を振り返ると、トレーラーにも同じことが言えるだろう。スタイリッシュなのかどうか、アクションが多いかどうか、新キャラクターが登場するかどうかは問題ではない。要するに、トレーラー全体が視聴者にスリルを与えられるかどうかが重要なのだ。『Street Fighter X 鉄拳』のように、トレーラーが優れていても、ファンの期待通りに長年愛されるゲームにはならないゲームも存在するのは確かだ。しかし、視聴者に興奮を与えることができるトレーラーは、新作タイトルまたは旧作タイトルにヒットする "チャンス" を与えることができる。究極を言えば、健康的なシーンとは、「ゲームをプレイしたい」と思うファンが数多くいるシーンだ。そして、エキサイティングなトレーラーはそのようなファンを増やす助けになるのだ。
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