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【川井式F解剖学】デグラデーションとは?

グランプリレポーター“川井ちゃん”の新連載。各GPのキモとなったポイントを解剖する素人厳禁マニアックコラム、第6回メキシコGPのテーマは「タイヤのデグラデーション」だ。
Written by KAZUHITO KAWAI
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F1 kawai 06 01

F1 kawai 06 01

© PIRELLI

今回のメキシコGPはコース上の戦いより、セバスチャン・ベッテルの無線が注目されましたね。まぁ、それに関しては多くのウェブサイトで取り上げているので、ここでは取り上げません。今回は、それよりもちょっとアカデミックなテーマ。タイヤのデグラデーションです。レース後にピレリのF1担当広報さんからあるメールが来まして、それに触発されてこのテーマにしました。
このデグラデーションという言葉、レース専門誌などでは使われていますが、普段はあまり聞かないものです。直訳すると「下落」とか「退化」という意味です。ですからタイヤのデグラデーションと言いますと、そのパフォーマンスが落ちていくことを言います。
その理由は熱によるものなど、いくつかあるのですが……、タイヤは使っているうちに通常、パフォーマンスが落ちていきます。それも我々が“崖”と呼ぶ、大きなパフォーマンスの下落を迎えるまで、ほぼリニア(直線的)にタイヤの性能は落ちていく……つまり、遅くなっていくのです。もちろん燃料を消費し、重量が減っていくとクルマは速くなりますよね。ですから、ラップタイムというのは、ふたつの要素が合わさったものになります。
信じられないかもしれませんが、F1ドライバーのように運転の上手い人達のラップタイムは(単独で走っている場合)、ほぼリニアに推移するので、それが計算できてしまうのです。デグラデーションの値は1周あたりのもの、つまり「●秒/周」となります。仮に0.2秒/周だったら、5周走るとラップタイムはタイヤだけで1秒低下するというわけです。
今回のメキシコGPには、昨年持ち込まれたソフトとミディアムタイヤに加えて、スーパーソフトタイヤが持ち込まれました。そのタイヤがどんなパフォーマンスを見せるか、デグラデーションを見せるのかと、多くのドライバーがフリー走行で試した結果が下の表です。いわゆるロングランと言うやつですね。
いつも私が使っているエクセルシートをそのままスクリーンショットしたので、文字が小さくて見難いかもしれません。上の表にある数字は、予選シミュレーションが終わった後の各ドライバーのスーパーソフトでの実際のラップタイム(秒)です。どのドライバーもデグラデーションが大きかったのであまり長い周回を走っていません。ルイス・ハミルトンがこの中では最長で、11周の計測ラップ。下のグラフはそれを反映したものです。その中にある黄色の点線は、私がリファレンスを得るためにあるもので、デグラデーションの値(表での茶色の数字)を変化させると、グラフの傾きが変わります。
このグラフ1だと、ちょっと見難いのでそのなかから、金曜日のフリー走行2回目でデグラデーションが大きかったレッドブルのダニエル・リカルドと、フリー走行2回目の後、「レースのスタート後、スーパーソフトでは4周か5周ぐらいしかもたないだろう」と言っていた、マクラーレンのジェンソン・バトンを抜き出してみましょう。ふたりともロングランというほど周回数は長くありませんが、スーパーソフトのデグラデーションが大きかったので取り上げてみました。
このグラフ2には実際のラップタイム(グラフ1と同じ)以外に、エクセルに自動で割り出させた近似値(細い直線)と、私が思う現実的なラップタイム(太目の破線)を加えてあります。まずリカルドです。4周目に極端にラップタイムが落ちていますが、これはトラフィックなどによって、そうなったと推測されます。エクセルが割り出した近似値(黒く細い線)だと、非常に極端な右肩下がりの直線になっていますよね。これだと5周目などに、それよりも速いラップタイムも記録していることもあり、あまり現実的なラップタイムの変化を表していないと思います。
それで私がリファランスをいじって、より現実的なラップタイムの推移を想定してみました。それが水色の破線です。これは前述したデグラデーション値(エクセル・シートの茶色の数字)を0.50秒/周にした場合です。6~7周目の実際のタイムはそれより遅いので、もう少し大きなデグラデーションなのでは? という人もいるかもしれませんが、個人的にはこれが妥当な値だと思います。
さてバトンのほうも同じようにやってみたわけですが、私の判断したデグラデーションのほうが、エクセルが弾き出した近似値よりも右肩下がり、つまりデグラデーションが大きめです。実際のラップタイムの変化から私が想定した値は0.46秒/周で、エクセルの近似値だとデグラデーションは0.28秒/周になります。
バトンが「スタートで、スーパーソフトを使ったら、みんな4~5周しかもたない」と言っていたこともあり、これも0.40秒/周以上の数字のほうが妥当だと思います。彼の言いたいことは、「4~5周しか走らない」という意味なのです。それというのも、このフリー走行2回目でのミディアムのデグラデーションは(ドライバーによって異なりますが)0.02〜0.05秒/周と非常に小さいものだったからです。
つまり、スーパーソフトタイヤのほうが、走りはじめはミディアムタイヤよりも2秒速くても、仮にデグラデーションが0.45秒/周だとしたら、デグラデーションの差から6周目以降はミディアムタイヤを履いたほうが速いラップタイムを記録できるということなのです。あくまでも金曜日のデータからだと、このような大きなデグラデーション値が出たドライバーもいたというわけです。グラフ1を見ると、ウィリアムズのバルテリ・ボッタスなどは0.30秒/周ぐらい(私のレース前の金曜日の計算だと0.297秒/周)ですね。
そうそう、詳しい方が読まれた時のために、ここで私が使った他の数値を記しておきますと、上記の表にあるように、「フューエルエフェクト」……つまり燃料が少なくなるとどれだけクルマが速くなるかという数値ですが、これは10kgあたり0.31秒という数値を使いました。そして1周あたりの燃費は1.40kgです。
この1.40kgというのは、現在のルールではレースにおける許容燃料量が100kgで、このメキシコGPは71周。そしてあるチームのエンジニアから「フューエルリミテッドにはならないと思う」と聞いたので、この数値を使いました。それでもこの数値だとレースで99.4kgを使うことになるわけですが……。
ですから、タイヤのデグラデーションが全くなかったら、1周で燃料を1.40kg消費するごとに、ラップタイムは0.043秒ずつ速くなっていきます。逆にタイヤのデグラデーションが1周あたり0.043秒だったら相殺されて、ラップタイムは横ばいとなるわけです。グラフ1でのリファランスの黄色い破線はデグラデーションを0.05秒/周とした時のものなので、それも見てください。
金曜日は非常に気温と路面温度が低く、柔らかいスーパーソフトとソフト・タイヤでグレイニングが多く、それが主にデグラデーションを引き起こしていたわけですが、日曜になると路面温度も高くなり、そしてコースにタップリとラバーがついたので、スーパーソフトのデグラデーションは小さくなると予想されました。
テレビのオンエアで私は、「金曜日(のFP2)で、スーパーソフトのデグラデーションは、酷い人では0.5秒/周にもなったが、レースではペースマネジメントをするので、現実的には0.2秒/周ぐらいになるのではないか」と予想していますが、実際にはどうだったのか見てみましょう。
リカルドは、マックス・フェルスタッペンと戦略を分けると言う意味もあったのでしょうが、1周目にバーチャルセーフティカー、そしてセーフティカーとなった時に、スーパーソフトを嫌い、早々とミディアムタイヤに交換しましたし、13番手グリッドからスタートのバトンは、タイヤの選択権があったので、スーパーソフトをレース中に使いませんでした。
ですから、レースの第1スティントでのスーパーソフトでのラップタイムの推移のサンプルとして挙げたのはフェルスタッペン、ボッタス、そしてニコ・ヒュルケンベルグです。このグラフ3では、最初の3周目まではセーフティカーが入っているので、実際の4周目が1周目となっており(このような SC時のタイムを入れて、エクセルに自動で近似値計算させると、それを含めてしまうので!)、そしてリファランスの線は0.15秒/周のデグラデーションの時のものです。
リファランス(デグラデーションとフューエルエフェクトを合わせたもの)はあくまでもその傾きから、各ドライバーのタイヤのデグラデーションを見るためですので、実際のラップタイムには重ねていません。
これからわかることは、レースでの第1スティントでのスーパーソフトのデグラデーションは、フェルスタッペンだと0.20秒/周ですが、他の3人は0.15秒/周よりも少なかったということです。ボッタスは0.10秒/周以下です。ですから、フェルスタッペンは早々と12周目にピットストップを行いましたが、ボッタスは19周目まで引っ張りました。レースでのコンディションは金曜日のフリー走行2回目とは大きく違いましたが、路面にラバーが乗って、ドライバーがペースマネジメントをすれば、このようなラップタイムの推移になるのです。
【おまけコラム 其の壱】
F1 kawai 06 02

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「マックスはベッテルに譲るべきだった?」
メキシコGPのレース後、何人かの知り合いから言われたのですが、フェルスタッペンが素直にベッテルに順位を譲っていれば、あのようにベッテルが暴言を吐くこともなかったのでは……と思っている方が多いようですね。
確かにそうですが、レッドブルとしては(ここがレッドブルのページだからと言って、彼らを擁護するつもりはありませんが)、スタート直後に同じようにターン2をショートカットしたハミルトンとニコ・ロズベルグに、レース審査委員会から何の指令もペナルティも出ていないので、そうする必要はなかったでしょう。ハミルトンはトップでターン1に入りましたが、ターン3とターン4の間での後続との差を見ると、あれは大きなアドバンテージを得たのではないでしょうか。
私もレース後、公開された無線を可能な限り入手して検証しましたが、ひとつ気になることがあります。フェラーリのベッテルのエンジニアであるリカルド・アダミが「 OK、フェルスタッペンは君に順位を明け渡さなければならない。後ろのリカルドに気をつけろ。あと3周だ」とベッテルに伝えていることです。
これは正しくありません。私も日本で解説をやっていたので、アダミがレースコントロールから出されたものをベッテルに伝えたものと勘違いしましたが、実際にレースコントロールメッセージのログを見ると、そのようなものはありません。レースコントロールから現地時間の14時40分に出されたのは「ベッテルとフェルスタッペン間のインシデントはレース後に審議される」というメッセージだけです。
ですから、最初はフェルスタッペンに「ポジションを譲れ。マックス、ポジションを譲らなければならないと思う」と伝えた、彼の担当エンジニアのジャンピエロ・ランビアーズも、フェルスタッペンに「(もし、そうだったら)教えてくれ」と言われた後、「OK、そこにいろ」と指示を変更しました。これは正しい行為なのです。
その後、チェッカーフラッグがだれたのは14時43分。「フェルスタッペンに5秒のタイムペナルティを科す」と、レースコントロールから出されたのは14時47分です。もちろん私が手に入れられる無線の録音は編集されたものであり、実際に「いつ」そのようなやりとりがあったかはわかりませんが、レースコントロールから「順位を譲りなさい」と出ていない以上、フェルスタッペンはあの行動で良いというのが私の考えです。ただし、彼に対するペナルティは妥当なものだと思いますけどね。
【おまけコラム 其の弐】
おまけ、その2。上位のドライバーのペースと12位までのギャップです。
【過去記事リンク】
◆AUTHOR PROFILE
F1 2

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KAZUHITO KAWAI
F1のテレビ解説&レポーターとしてお馴染み、“川井ちゃん”こと川井一仁。多くのF1ドライバーやチームスタッフから「Kaz」のニックネームで親しまれる、名物ジャーナリスト。1987年からF1中継に参加し、現在まで世界中を飛び回り精力的にグランプリ取材を続ける。