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【川井式F解剖学】ピットストップのタイミング

グランプリレポーター“川井ちゃん”の好評連載。各GPのキモとなったポイントを解剖する素人厳禁マニアックコラム、2017年シーズン第1回オーストラリアGPのテーマは「ハミルトンのピットは早すぎたか?」だ
Written by KAZUHITO KAWAI
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F1 2017 kawai column 01 ph-02

F1 2017 kawai column 01 ph-02

© Pirelli

レッドブルのボス、クリスチャン・ホーナーはオーストラリア GP後、「セバスチャン(ベッテル)はマックス(フェルスタッペン)にビールをおごらなければならないな。ルイス(ハミルトン)が彼を抜けなかったことがレースを決めたからだ」と言っていました。日本GPでこれを言ったら、やや問題かもしれませんが、フェルスタッペンはもう19歳、オーストラリアでは18歳から酒を飲めるので問題ありません。
オーストラリアGPでは見事にフェラーリのベッテルが戦略でハミルトンの前に出て優勝しました。フェラーリにとっては2015年のシンガポールGP以来の勝利となったわけですが、「今回はメルセデスが戦略的なミス。ハミルトンをあのようなタイミングで入れなければ、彼らが勝ったレースだ」と言う人がいますがそうでしょうか?
まず、このレース中の各ドライバーの差を表したこのギャップグラフを見てください。ベッテルは序盤からトップを走るハミルトンについていき、10周目に1.892秒の差になりますが、その後再び16周目に両者の差は1.322秒になります。
途中、ハミルトンは11周目に「タイヤがオーバーヒートしている。スライドしている」と無線で報告。ハミルトンは、ベッテルがアンダーカットを仕掛けてきた場合でも安全と思われるギャップ……つまり、次のラップでそれ反応してピットストップすれば前のポジションを維持できると思われるギャップ……2.5秒を築けなかったのです。この数字を小さく感じる人もいるでしょうが、今回のタイヤのデグラデーション(劣化)は低かったので、デグラデーションの大きいタイヤを使っていた昨年の多くのレースより少な目でも大丈夫なのです。
結局、ハミルトンは他のフロントランナーより6周以上も早い17周目にピットに向かい、ソフトタイヤに履き替えてフェルスタッペンの後方でレースに復帰しました。今回のピットストップによるロスタイムは22.5~23.0秒だと計算されていたので、19周目終了時のハミルトンとベッテルの差は21.182秒で、それ以下。この時点ではまだハミルトンが実質的に前です。ですからベッテルはハミルトンのピットストップに反応せず、スタート時のタイヤのままトップを走行します。
メルセデスの戦略ミスを主張する人達は、「早すぎるピットストップだろ」と言います。つまり、「もう少しハミルトンを走らせていれば、フェルスタッペンの前(でライコネンの後ろ)でコースに戻れていただろう」との意見です。では、下のラップタイムグラフを見てください。
確かにハミルトンはタイヤのオーバーヒートを訴えていましたが、11周目以降、フェルスタッペンより平均的にまだ0.8秒ほど速かったのも事実です。16周目終了時のハミルトンとフェルスタッペンの差は18.521秒ですから、それをピットでのロスタイム分の23秒にするには、あと6周走らなければなりません。つまり、ハミルトンがあと5周ほど(22周目終了時まで)第1スティントを伸ばしていれば、仮にフェルスタッペンがコース上に留まり続けたとしても、ギリギリでレッドブルの前に戻れた可能性があります。
しかし、そこまで引っ張ると、その前にベッテルがアンダーカット狙いでハミルトンより先にピットストップする可能性があります。もちろん、そうした場合、ベッテルはフェルスタッペンの後ろでレースに戻ることになる可能性が高いわけですが、その時までフェルスタッペンがコース上に留まる保証もこれまたありません。
今回のタイヤは大まかに言えばウルトラソフトの(摩耗からくる)ライフが25周前後、スーパーソフトが35周前後、ソフトが45周ほどと弾き出されていましたから、逆算すれば、ソフトで第2スティントをつなぐ場合12周目から、そしてスーパーソフトでつなぐにしても22周目だとピットストップウインドウ(適正なピットのタイミング)に入っていました。
もちろん自分達の使用によるタイヤのライフに自信があれば、それより早いタイミングでピットストップしてくるでしょう。ですからメルセデスは(タイヤがダメだと言う)ハミルトンの意見に賛成し、先に動き、ベッテルが自分達に対して23秒のギャップを稼ぐ前に、フェルスタッペンがピットストップしてくれることに期待したのです。自分達にペースがない以上、こうするしか仕方ありません。
メルセデスは6番手のマッサが20周目終了時にピットに入った直後、ハミルトンの前を走るフェルスタッペンの後ろにはいつピットストップしてコースに戻っても自由に走れる大きな空間ができたので(ギャップグラフ参照)、フェルスタッペンがそこでライコネンのアンダーカットを狙ってピットストップしてくれるかと期待したそうです。
21周目のハミルトンへの「まだベッテルからは安全だ。でもフェルスタッペンを抜く必要がある」という無線のとおり、その時点ではまだベッテルにオーバーカットされない状況でした。しかし、その時のコース上で4番手のフェルスタッペンと3番手を走るライコネンの差は3.5秒以上あり、現実的にレッドブルがフェラーリをアンダーカットするのは無理な状況でしたし、フェルスタッペン陣営は第2スティントをスーパーソフトで走ろうとしていたため、フェルスタッペンがハミルトンの視界から出て行くことはありませんでした。
後はご存知の通り、ベッテル陣営はハミルトンとの差が22周目終わりで23.212秒(フェルスタッペンとの差は22.693秒)になったのを見届けると、23周目終わりに躊躇することなくベッテルをピットに呼び戻し、順位を逆転したわけです。もちろん、フェルスタッペンの23周目のペースは1分29.456秒と、悪かったこともあって、レッドブルもクリアしました。これはベッテルにとってラッキーだったと思います。すぐにハミルトンとの差を6秒近くまで開けましたからね。正直、フェルスタッペンの第1スティント終盤のペースを見る限り、レッドブルは彼を少なくとも3周早くピットストップさせるべきでした。
ところでメルセデスは27周目の無線であったとおり、ハミルトンを2ストップ戦略に変更しようと検討しましたが、これは全く可能性がありませんでした。第2スティント序盤、ハミルトンは2秒以上ペースが遅いフェルスタッペンに押さえられました。それだけのペース差があっても抜けないのは明白です。ギャップグラフを見ていただければわかることですが、30周目以降のハミルトンとフェルスタッペンの差は22.4秒が最大で、縮まるばかりでした。仮に新品のタイヤを得て、フェルスタッペンの前で戻れたとしても、まだライコネンがいます。つまり良くて4位にしかなれませんからね。
メルセデスは金曜日フリー走行2回目時のロングランのペース、特にウルトラソフトではフェラーリより1秒ほど速かったので、彼らがあれだけ苦戦したのを意外に思う方がいるかもしれません。しかし、金曜日フリー走行2回目のロングラン時の路面温度は30℃前後だったのに対し、決勝レースの序盤は34~36℃もありました。それが、彼らが苦しんだ原因かもしれません。
F1 2017 kawai column 01 ph-01

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© Ferrari

またレース後のドライバーのコメントを聞いていると、現段階ではフェラーリのほうがメルセデスより、タイヤの温度管理に対してロバスト性(影響を受けにくい)が高いようです。ただし、メルボルンのサーキットはちょっとターンアングルも小さく(コーナーでステアリングを切っている時間が短い)、燃費も厳しいという特殊なレイアウトなので、フェラーリが勝てるクルマを手にしたと結論づけるのは早すぎるでしょう。
ただ言えるのは、今年のクルマは空力的に前のクルマに近づくのが難しそう(=追い抜きが難しそう)ですし、タイヤのデグラデーションが小さくなっているので、アンダーカットが成功する確率も低くなると考えられます。事実、セルジオ・ペレスはカルロス・サインツにアンダーカットを仕掛けましたが、サインツが次のラップに反応したら、ペレスは後ろのままでした。ただ、ペレスはコースに戻ってきたサインツをすぐにターン3で抜くことに成功していますけど……。それにしてもトップ3チームと4番手以降のチーム差が大きいですね。これはグラフからも明らかです。
◆AUTHOR PROFILE
Kazuhito Kawai

Kazuhito Kawai

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KAZUHITO KAWAI
F1のテレビ解説&レポーターとしてお馴染み、“川井ちゃん”こと川井一仁。多くのF1ドライバーやチームスタッフから「Kaz」のニックネームで親しまれる、名物ジャーナリスト。1987年からF1中継に参加し、現在まで世界中を飛び回り精力的にグランプリ取材を続ける。
◆INFORMAITON
2016年の連載コラムは こちらから>>