Tekken esports champ Arslan Ash poses for a portrait at Lahore, Pakistan on November 11, 2019.
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Arslan Ash:パキスタンが生んだ地球最強『鉄拳』プレイヤー
パキスタンのアーケードからEVO連覇を実現し、さらにはESPNの2019年最優秀eスポーツアスリート賞を獲得するまで急成長したArslan Ash(アルスラーン・アッシュ)とは何者なのか? レッドブル・アスリートとなった格ゲーマスターがこれまでのキャリアを語ってくれた。
Written by The Narrator
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"大逆転劇" を嫌う人はいない。
映画でも小説でも、我々がこの展開に飽きることはない。我々は世間の予想に反して頂点へ登り詰めていく主人公とシンクロし、彼らを応援することで自分の気持ちを高めたり、インスピレーションを得たりしている。
そして『ロード・オブ・ザ・リング / 指輪物語』のフロドや『スラムドッグ$ミリオネア』のジャマールのようにパキスタン人が心をシンクロさせて応援しているのが、自国が生んだ若き『鉄拳』プレイヤー、Arslan Ash(アルスラーン・アッシュ)だ。
Muhammad SiddiqueとKadija Siddiqueの息子として生まれたArslan SiddiqueことArslan Ashパキスタン・ラホール出身の24歳で、2020年現在、世界最強の『鉄拳』プレイヤーとして知られている。
中流階級出身のAshは両親のサポートと勧めもあり、かつては医者を目指していた。しかし、幼少時代からビデオゲームの大ファンだった彼は自宅の前にあるアーケードに定期的に通っていた。
「4歳の頃、自宅の前にアーケードがあったんだけど、午前3時か4時頃に自宅の門が開いているのに気付いた両親が外へ出ると、自分のベッドの代わりにそのアーケードで寝ている僕を見つける時があったらしい。僕はそのくらいゲーミングが好きだったんだよ。眠ったままアーケードへ通っていたのさ」
Tekken champion Arslan Ash poses under fluorescent lights in Lahore, Pakistan on November 11, 2019
Arslan Ash is ESPN's esports athlete of 2019© The Videographers/Red Bull Content Pool
このように話を始めるAshは大学へ進学するまでは優等生だったが、10代の頃はローカルアーケードシーンのトッププレイヤーとしても非常に有名だった。
「アーケードにいる全員に勝つ子供がいるとちょっとした話題になっていたよ。当時は学業とゲーミングの両方で優秀だったんだ。その頃にPakistan Tekken 6 Grand Masters Championship(GMC)と呼ばれる『鉄拳』の全国大会があった」
「それでこのパキスタン最大のトーナメントで優勝して、全国レベルで注目されるようになったんだ。この優勝をきっかけに他の都市へ出向いてプレイするようになり、パキスタン国内で広く知られるようになっていった」
しかし、ゲーミングでの成功が学業の妨げになった。同時に父親が逝去したため、仕立屋と塗装業者を兼任する母親と兄2人が家族を切り盛りするようになっていた。
また、Ashは幼少時代について、父親は非常に厳しかったが、母親は自分の才能を認めてプレイさせてくれていたと振り返っている。
このような厳しい状況に置かれていたもののAshはプレイを続け、パキスタンの複数の都市・地域・全国トーナメントで勝利を重ねて「倒すべきトッププレイヤー」という評価を確かなものにしていった。
しかし、友人から国外のトーナメントにトライすべきだと勧められた時、Ashはそれをするだけの経済力やリソースがないことに気が付いた。
家族からは僕への投資が無駄になったと言われたけれど、僕は “自分が正しい選択をしたことをみんなに証明してやる” と思っていた
Arslan Ash
「出場資金がなかった。だから友人たちに相談したんだ。心の底では出場すれば優勝できると思っていた。何しろ僕は “パキスタン全一” だったからね。それで、友人たちが資金を集めてくれたんだ。あと、家族も助けてくれた。特に母親は僕の大きな支えになってくれた」
こうして、資金を手に入れたAshはオマーン・マスカットで開催されたKOF GCC 2018に出場してインターナショナルトーナメントデビューを果たした。このイベントは『鉄拳』だけではなく、『The King of Fighters』と『ストリートファイター』のトーナメントも開催されていた。
そして、Ashの自信は実を結んだ。彼は『鉄拳』トーナメントで優勝した上に、『The King of Fighters』でも4位に入ったのだ。
医者の道からeスポーツの道へ進んだArslan Ash
医者の道からeスポーツの道へ進んだArslan Ash© The Videographers
しかし、この成功を手にしたAshの人生は大きなターニングポイントを迎えることになる。Ashは自分の人生の方向を決める重大な決断を下さなければならなくなった。
「海外遠征をするようになった僕はひとつの決断を下さなければならなくなった。学業かトーナメントのどちらかを選ばなければならなくなったんだ。なぜなら、二兎を追う者は一兎をも得ずだからね」
「この頃は公認会計士を目指していたこともあって勉強がどんどん難しくなっていた。最初は医学部を目指していたんだけど進学に十分な成績を取れなかったから、それなら歯医者よりも稼げるから公認会計士を目指しなさいと母親に言われたんだ」
「僕の家系に公認会計士はいなかったけれど、母親からは “お前は賢いから公認会計士に向いている” と言われた。それで単位をひとつ取ったんだ」
「でも、このタイミングで海外遠征をするようになった。それでビデオゲームか公認会計士のどちらかを選ばなければならなくなり、ビデオゲームを選んだのさ」
「父親はすでに亡くなっていたから、代わりに母親から不満を言われたよ。パキスタンではゲーミングが認知されていなかったからね。でも、僕はこの道に進む方が稼ぎになることを知っていた」
「母親は僕のこの決定に酷く落胆していたし、家族からは僕への投資が無駄になったと言っていた。学校へ通わせるために大金をつぎ込んでいたからね。でも、僕は “自分が正しい選択をしたことをみんなに証明してやる” と思っていた」
「人は運命通りの人生を歩む。僕は医者になりたかったけれど、エンジニアや医者よりもゲーマーとして大成できる才能を持っているなら、その道へ進むべきだということを学んだ」
Arslan Ashは自分を信じてeスポーツの道へ進んだことを誇りに思っている
Arslan Ashは自分を信じてeスポーツの道へ進んだことを誇りに思っている© The Videographers
Ashはeスポーツシーンで生き残るためには自分の才能をグローバルレベルで発揮する必要があることを理解している。
「パキスタンのゲーミング業界はヨーロッパや米国はもちろん、日本や韓国のレベルにも達していない。このような国ではプロゲーマーになることを勧める親がいるけれど、パキスタンでプロとして生計を立てられる人はまずいない
幸運なことにAshは一定レベルを遙かに超えたプレイヤーだった。オマーンのあと、Ashはマレーシア・セレンゴールで開催されたFV x SEA Major Malaysiaに参加して9位タイでフィニッシュ。オマーンとマレーシアでの活躍によってグローバルレベルでの知名度を高めたAshは続けてドバイで開催されたOUG Tournament 2018PLG Grand Slam 2018に参加して両トーナメントで優勝した。
そして興味深いことに、OUG Tournament 2018は韓国が生んだ『鉄拳』レジェンド、Jae-Min “Knee” BaeとAshが初対戦したトーナメントだった。
自分の情熱を追い続けたことを誇りに思う
Arslan Ash
「OUG Tournament 2018には世界ナンバーワン『鉄拳』プレイヤーのKneeも参加していて、僕たちはグランドファイナルで対戦したんだ。僕はナーバスだったけれど、何とか優勝できた」
「この優勝が僕をトッププレイヤーのひとりへ押し上げた。Arslan Ashというプレイヤーにインターナショナルシーンが注目するようになったんだ。でも、まだ僕のことを知っている人は少なかった」
そのような “Arslan Ashを知っている人” が急増するきっかけになったのは、2019年2月に開催されたEVO Japanだった。
パキスタンから日本への移動だけでもArslan Ashは大きな話題を提供した。Ashが移動で直面した問題はビザの発給だけではなかった。彼は2日半も飛行機を乗り継いでトーナメント開催当日に日本入りしていたのだ。トーナメント開始が4時間後に迫る中、Ashはまだパキスタン・ルピーを日本円に替えるのに手間取っていた。
時計の針が進む中、Ashは何とかトーナメント開始前に会場に到着することができた。そしてこのビッグトーナメントのダークホースだったAshはEVOデビュー戦で優勝して世界にショックを与え、さらに多くの注目を集めるようになった。
EVO Japan 2019優勝で世界レベルの知名度を手にしたArslan Ash
EVO Japan 2019優勝で世界レベルの知名度を手にしたArslan Ash© The Videographers
しかし、Ashの勢いは止まらなかった。彼は同年夏にラスベガスで開催された本家EVO 2019でも優勝したのだ。しかも、OUG Tournament 2018、EVO Japan 2019、EVO 2019を含む4トーナメントでKneeに勝利した。
AshはEVO 2019について次のように振り返っている。
「パキスタン人が米国ビザを取得するのがどれだけ大変か知っているかい? EVO 2019前後は色んな問題に巻き込まれたよ。元々はWorld Showdown of Esports(WSOE)2019に参加して、その1週間後にEVO 2019に参加する予定だったんだ」
「でも、米国へ向かう1週間前に米国ビザを取得済みのパスポートを紛失してしまったんだ。3日間落ち込んでいたけれど、望みは失っていなかった。緊急用パスポートを手に入れたあと大使館にかけあって、ビザ発給用インタビューの予約を取ってもらった」
「通常なら無理な話だった。でも、出発当日朝にビザを発給してもらえたんだ。もちろん、さすがに予定していたフライトには間に合わなかったから翌日のフライトで向かった」
僕が今までに成し遂げてきたことの80%は母親のおかげだ
Arslan Ash
「米国入りしてWorld Showdown of Esports(WSOE)2019へ向かうと、僕はすでにルーザーズに落ちていた。初戦に間に合わなかったからさ。しかも、時差ボケが酷くてまともなプレイができるコンディションじゃなかった」
しかし、それでもAshはWSOEを7位タイでフィニッシュし、1週間をかけてEVO 2019に向けて調整したあと、今度は優勝した。
Ashのこの快進撃は今も続いており、パキスタン人初のレッドブル・アスリートという歴史に残る偉業も成し遂げた。Ashは次のようにコメントしている。
「レッドブル・アスリートになるのはゲーマーの夢だ。少なくとも僕にとってはね。僕はレッドブルからスポンサードされたいと思っていた。ゲーミングシーンでの彼らの存在感はとても大きいからね。レッドブルと契約したことで彼らと家族になったような感覚を得ているよ」
若き『鉄拳』マスターの言葉には表には決して出てこない揺るぎない自信が見え隠れしている。すでに次の目標に向かおうとしているAshは次のように続ける。
「僕は常に新しい目標を設定して前進しているんだ。10年前の目標は “10万パキスタン・ルピーを貯金する” だった。その次の目標は “パキスタン全一になる” だった。さらに次が “世界ナンバーワンプレイヤーになる” と “パキスタン人初のEVO連覇” だった。今はこの目標もクリアすることができた」
ESPNの2019年最優秀eスポーツアスリート賞を受賞したAshはすべてを手に入れている。また、トーナメントではギース・ハワード三島一美をメインに据えているAsh(メタ抜きで一番好きなプレイヤーはニーナ・ウィリアムズ)は、今も1日8時間のトレーニングを続けている。
これらを踏まえれば、2020年以降もAshの名前がニュースのヘッドラインを飾り続けるのは当然と言えそうだ。
また、最近のAshはゲーミングだけではなくフィットネスにも力を入れている。eスポーツプレイヤーはチェアに何時間も座り続けるため、彼らにとって健康維持は非常に重要なトピックだ。
「アスリートとしてちゃんとフィットしているということを世界に示したい。今はジム通いを目標のひとつに設定しているんだ。フィットネスはゲーミングに重要だからね」
様々な困難に直面し、それらを乗り越えてきた今、Ashは感謝の気持ちを胸に抱いている。
「父親が亡くなってから、母親がひとりで僕を育ててくれた。僕の負けず嫌いでコンペティティブな性格は母親から受け継いだものだと思う。母親も学生時代アスリートだったんだ」
トーナメント前のメンタルのコントロール方法や栄養管理などはすべて母親から学んだ。 "勝ち負けに拘るな。目の前の対戦に集中しろ" ってね」
「母親からは今もメンタルコントロールについて学んでいる。母親は『鉄拳』を知らないけれど、“対戦” については良く知っているんだ」
「母親の祈りとアラーのおかげで今の僕がいる。こんなにも多くを成し遂げることができて本当に恵まれていると思う。僕が今までに成し遂げてきたことの80%は母親のおかげさ」
2020年でのさらなる活躍が期待されるレッドブル・アスリートのArslan Ash
2020年でのさらなる活躍が期待されるレッドブル・アスリートのArslan Ash© Mind Map Communications
では、このようなインスピレーションに溢れるストーリーと10年のハードワークによって彗星のごとき名声を手にした息子を母親はどう思っているのだろうか? Ashは次のように回答している。
「母親はとてもハッピーだよ。周りの人たちに自分の息子はEVO王者だって教え回っているから、地元で僕はかなりの有名人になったよ。母親にはもう働かなくていいと伝えたし、今は相応しい形で人生を楽しんでもらっている」
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