スケートボード
昨今の女子スケートパークで最重要トリックとされる《540》。ここにあるのは、四十住 さくらが初代世界女王を目指すために数年前から取り掛かった540攻略の道のりを辿るサイドストーリー。果たして彼女は、2024年のビッグコンテストでも、このトリックを豪快にメイクすることが出来るのか!?
※本稿は2021年8月にインタビュー&執筆されたものです
ほんの一部だけ桜色にカラーリングされたロングヘアに“お気に入り”と話すレッドブルのベースボールキャップと純白のPOLOシャツにとびきり明るい笑顔でインタビュールームに現れた四十住さくら。その佇まいは、一瞬、彼女が世界一のアスリートだということを忘れてしまうほど気さくでオシャレな登場だ。しかし、片手に抱えたアメリカの老舗スケートブランド、パウエル・ぺラルタのスケートボードに取り付けられたスクエアカットのボーンズ ウィール(推定サイズ58~60mm)に世界のコンクリートパークでタイトルを勝ち取ってきた、スケートコンペティター世界女王の風格が垣間見える。
さくらが正真正銘のスケートパークチャンピオンとして現在の立ち位置に登り詰めるまでには、多くのライバルからの絶え間ない追随があり、それを打ち破るには新たなトリックの攻略が必要不可欠だった。四十住 さくらと《540》との出会いから現在までをこの夏の大一番を終えて頂点に立った直後に独占インタビュー!
ーーまずは、女子スケートボードコンテストシーンの躍進について聞かせてください。これまで、スケートボードのコンテストといえば、日本でも海外でも男子競技中心に発展してきたところがありました。それが2010年代に入ると徐々に女性のプロスケーターやコンテストも行われるようになった。それからわずか10年で、パフォーマンスのレベルも向上し、今や男子に引けを取らないビッグシーンに成長しましたね。この急成長の要因はどんなことが考えられますか?
四十住 さくら(以下:さくら)「私がスケートボードを始めた頃も、周りは男子ばかりでした。海外で女性のプロスケーターがどんどん増えてきて、X GamesやVANS Park Seriseのような世界大会で女子のコンテストが開かれるようになったことにで女子スケーターにも目標ができたんだと思います。特に、ここ2~3年は私よりも若いライダーたちが出てきてパフォーマンスのレベルも一気に引き上がったと思います」
ーースケートを始めた当初の憧れや目標にしていたのはどんなスケーターでした?
さくら「やっぱりトニー・ホークは憧れの存在でした。それからペドロ・バロスやアレックス・ソルジェンテがスケートパークやボウルで滑る映像をよく観ていました。ストリートのコンテストよりVANS Park Seriesのようなパーク系のスケートが好きでしたね」
ーーペドロ・バロス、アレックス・ソルジェンテは2010年代からパークコンテストシーンを盛り上げてきたトップスケーターたちですよね。始めた当初からそのようなスケーターを注目するところにさくらちゃんのスケートコンペティターとしての素質が伺えますね。ちなみにその頃、注目してた女子スケーターは?
さくら「ブライトン(ゾイナー)には憧れました。海外のコンテスト映像で彼女が360メロングラブ(ボードに乗った状態でボードを掴みながら360度スピンさせる技)をメイクしていて。当時、女子のコンテストでそんな大技をやるのは彼女ぐらいで、私も360メロングラブをマスターしてコンテストで優勝したいなぁって思うようになりました。偶然ペドロ、アレックス、ブライトンもレッドブルのアスリートだったから、私もそうなりたいと思いはじめたのもその頃からです」
ーーコンテストで高ポイントを稼ぐ大技になると、教えることができる人も限られてくると思うんですけど、さくらちゃん含めみんなどうやって練習しているんでしょうか?
さくら「“練習”っていうほど堅苦しく考えてはいなかったけど、海外のプロスケーターたちの動画をYou TubeやInstagramで何度も観て“これやりたい”“これなら私にもできそうだな”って思ったものを一つ一つマスターしていった感じですね」
ーー最近のコンテストシーンでは、より難しいトリックをマスターするため、また高得点を獲得するためのトリック構成やライン決めをサポートするコーチがいると聞いたんですが、さくらちゃんにもそんな専属のコーチが?
さくら「そういうスケーターも居ますが、私には専属のコーチがついていません。分からないトリックのことや、できないトリックは、パークやコンテストで出会ったスケーターたちに教えてもらいます。コンテストでも普段でも自分が思った通りに自由に滑りたいから、コーチは必要ないかな」
ーーでは、コンテストで勝つためにマスターすべきトリックやルーティン構成は、全てさくらちゃん1人で決めている?
さくら「全部自分で決めています。コンテスト会場となるパーク内を事前に滑ってみて、セクションごとに何をやるか頭の中でルーティンを組み立てて、実際に滑ってみて、母にスマホで動画を撮影してもらい、映像を観ながらトリックの完成度や全体の流れをチェックしたりもします」
ーーコンテスト遠征の時は、常にお母様も同行していますか?
さくら「はい。スケートボードを初めてから現在まで、常に母は私のスケートやコンテストでの様子を見てきてくれているから、その日の私の滑りを観れば、調子の良し悪しが分かるみたいで。コーチとまではいきませんが、良いアドバイスがもらえる相談相手ですね」
ーー今年6月に配信された動画『POSSIBLE』には、ウィリー・サントスとスケートしているシーンがありましたね。彼は90年代初頭から中期まで、数々のストリートコンテストで優勝してきた実力者だけど、コンテストで勝つために彼からは特別なアドバイスがありましたか?
さくら「私のスケートを観て“そのトリックは凄くいいね”とか、“そのトリックは完璧だからみんながやらなそうなセクションでやってみたら?”という感じで、一つ一つトリックに対して適格な評価やアドバイスをしてくれます。“こうしなさい”“こうじゃなきゃダメだ”みたいな押し付けは一切なく、とにかくいつも笑顔で接してくれる、優しいお兄さんのような存在ですかね」
頂上を目指すために避けては通れないトリックの出現と克服。
ーーこれまでずっと傍でさくらちゃんの滑りを観てきたお母様や、ウィリーのようなキャリアを経てきたスケーターからのアドバイスや評価はとても心強いですね。先ほど“女子スケートコンテストのレベルがここ2~3年で急激に上がった”と話していました。となると、多くのライバルたちとトップを争うために、自身のレベルアップも不可欠だと思います。昨今の女子スケートパークコンテストで勝つためには何が必要でしたか?
さくら「540をメイクすることです」
ーー540といえば、男子パークのコンテストでたびたび登場する大技ですよね。高さやグラブのスタイル、最近では、ボードの前後を入れ替えるバリアルやボードに縦回転させるフリップを入れたりなどなど、キメ技として用いられてきた花形トリックですね。その大技が女子のコンテストシーンでも必須になってきたということですか?
さくら「そうですね。今、女子で540ができるスケーターって、ほんの一部だけで。限られたスケーターにしかできないからこそマスターしてコンテストで成功させる必要がありました。とは言え、実は私、エアトリックがもともと苦手だったこともあり、できればやりたくないなぁ、なんて気持ちもあって……。でも勝つためにはやらなきゃいけない。これまでスケートボードをやってきて、どんなトリックも自分がマスターしたくて、トライして成功させてきたけど、540はちょっと違いました。“マスターしたい”ではなく、私のスケートボード史上初の “マスターしなきゃいけない”トリックでした」
ーーまさにスケートコンペティターとしての使命、それは一般のスケーターでは遭遇しえない境地ですね。540となると、海外でも日本でもそこら中のスケートパークでみんなやってますっていうトリックではないですよね。“空中でボードを両足に固定しながら540度回って着地する”っていう動作は理解できますが、実際にはどんな練習から始めたんですか?
さくら「ランプ上でボードを持たず、身体だけで540度回った時の景色を何度も確認したり、540と同じスピン回転に慣れるためにスリーを完璧にマスターしたり。そんな練習から始めて約1か月半が過ぎた頃にはグラブした状態で540度回れるようになりました。だけど、肝心な着地がなかなかできず、そこが一番苦労しました……」
ーー練習を始めて540を初メイクするまでどれぐらいの期間がありましたか?
さくら「2年かかりました。その間、コンテスト遠征が入ると、練習を一時中断していたりもして、集中できる期間も限られていたので、だいぶ時間がかかりましたね」
ーー540をメイクするまで、特にその着地させるまでの苦悩の日々の様子は『POSSIBLE』にも収録されていましたね。レッドブル・ファミリーでブラジルのプロスケーター、サンドロ・ディアスから直接指導を受けたシーンがありますが、彼から学んだことはどんなことでしたか?
さくら「まず、540をやっている姿を生で観ることができたのが一番の収穫でした。コンテストや動画では何度も観ていたけど、実際に間近で跳んでいる姿をサンドロが何度もやって見せてくれたので、直で感覚を掴むことができました」
ーーそうだったんですね。それで、さくらちゃんも540をサンドロの前でやってみせて、彼からはどんなアドバイスがもらえました?
さくら「完璧に540度回れているから、あとはボードの上に乗りに行く“気持ち”を強く持って。絶対メイクできる。と言ってくれました。メイクする姿を何度も見せてくれたのはもちろんですけど、“自分が今までやってきたことを信じて怖がらずに乗りに行く”そんなメンタル面をサポートしてもらえたことが最後の一押しに繋がったので、そこは大きかったですね」
ーー新しいトリックをメイクさせるまでには、それ相応の技術が必要ですけど、“乗りに行く”という最終プロセスの実行には理屈うんぬんより自分を信じる強い気持ちが大切だということですね。苦悩の日々を乗り越え、540を自分のものにした今、さくらちゃんが自分にかける言葉があるとしたらどんな言葉ですか?
さくら「早く乗りに行けっ!(笑)」
ーー(笑)ねぎらいや称賛ではなく、厳しい言葉なんですね……。
さくら「そうですね(笑)。でも、新しいトリックを覚える時って成功したときの感覚が分からないし、失敗の恐怖もある。だから頭で理解していても、身体が逃げてしまって、なかなかメイクできないのは当然なんですよね。それを克服するには誰よりも多く練習と失敗を繰り返すしかない。それによって自信が生まれ、メイクさせる強い気持ちに繋がるんだと思います」
ーーそして540にとどまらずバリエーションの習得にも挑みましたね。
さくら「オーリー 540をマスターしました。ある日、友達とスケートしている時に“オーリー 540もやってみたら?”っていう話になって。多くのスケーターがいろんなグラブで540をやっているけど、オーリー 540をやるスケーターは男子含め、あまりいないし良いかなと思って」
ーーオーリー 540は、手を使ってデッキ固定せずに両足だけでボードをコントロールしながら540度回らなきゃならないから、コンテストでやるにはメイク率が問われますね。
さくら「もともとグラブするよりノーハンドでオーリーするほうが得意だったし、540をマスターできたおかげもあってメイクのイメージが凄く作りやすかったんです。こっちは“マスターしなきゃいけない”ではなく“マスターしたい”トリックになっていましたね」
ーー今年3月にトニー・ホークが配信した動画がちょっと話題になりましたね。
コンペティターとしては現役を退いている52歳の彼が、かつてメイクしてきた大技に再び挑戦する映像なのですが、そこでトニー・ホークが挑んだトリックもオーリー 540でした。失敗を繰り返しながらトライを重ねて遂にメイクした後、感慨に浸る彼のリアクションに、数々のエアトリックを開拓してきた神にとってもオーリー 540が特別なトリックであると同時に、メイクさせることが非常に難しいことが伝わってくる映像でした。6月のアメリカ遠征では、そんなトニー・ホークとのランプセッションが実現しましたね。
さくら「はい。アメリカのコンテストでトニーとは何度も会ってはいたけど、一緒にスケートするのは今回が初めてだったんです。トニーのスケートはウォーミングアップからめっちゃレベルが高くて、やるトリック全てがスムースでエアも高くてホントに凄いスケーターだと思いました。私は足を怪我していたけど、トニーに自分の滑りを観てもらえるチャンスなんて、そうそうないと思ってオーリー 540もメイクしました」
ーーさくらちゃんのオーリー 540を観て彼は何と?
さくら「You are No.1!って凄く喜んでくれました!動画でも540を観てもらい、コンテストで成功するように拝んでもくれました(笑)」
ーートニー・ホークからのお墨付きはさらにテンションが上がりそうですね。そして今年の夏にむかえた大舞台でもしっかり540をメイクさせましたね。
さくら「クォーターからのオーリー 540トランファー(エントリーしたセクションから540をしながら別のセクションに跳び移ること)とディープエンド(すり鉢状のパーク内で一番深いところ)からの540。2つの540を別々のセクションでメイクすることができたのがめっちゃ嬉しかったです! 私の540は、R(パーク内の湾曲した傾斜面)に対して垂直に入って真っ直ぐ跳ぶのではなく、斜めに入って横に跳ぶスタイルなので、ある程度幅のあるセクションじゃないとメイクが難しくなってくる。どこでも成功させるために真っ直ぐ跳べるように練習しましたが、結局私には合わなくて、自分のスタイルに戻しました。でも幅が出せる自分の跳び方だったからオーリー 540のトランスファーをメイクすることができたんだと思います」
世界の頂点を勝ち取り、今見える景色
ーー自分ができる大技を動画に収めるだけであれば、何度も撮り直しができるけど、コンテストでのパフォーマンスは“待ったなし”で与えられたセクションと限られた時間内で確実にメイクしなければならない。そこにはプレッシャーや緊張もあることだろうけど、それらに打ち勝つ“勝負強さ”をどうやって身に着けてきましたか?
さくら「緊張することは殆どないです。それはコンテストで本番までに自分がやろうとしていることが、頭のなかで完璧にイメージできているからなんだと思います。練習でそれをやってみてちゃんと出来ていれば本番でも成功させられる自信が持てますから」
ーー本番前に“これ、必ずやってます”みたいな願掛けってあります?
さくら「特にないです(笑)。自分の力を信じることぐらいじゃないですかね。ネガティブなことは一切考えず、調子が良かったときのコンテストランの動画を観て気分を上げて本番を迎える。たとえそれで上手くいかなかったとしても、めげずにレッドブル飲みながら、ひたすらベストのルーティンをイメージするだけですね」
ーーこれまでやってきたこと、乗り越えてきた壁がさくらちゃんの勝負強さの秘訣ですね。
さくら「そうかもしれないですね。私は同じことを何度もやることが苦にならない性格なんです。折り紙が趣味ですけど、鶴を千羽折れって言われても全然苦にならない。スケートもそれと同じで、同じトリックを何度も何度も繰り返していく度にメイク率や完成度が上がっていくのが楽しくてしょうがなくて。それだけスケートボードが大好きってことですね」
新たな目標への挑戦!
ーー今年はスケートボード競技で新たな歴史が刻まれた。その局面で、さくらちゃんは頂点を掴んだ1人になるけど、そんなスケートチャンピオンが掲げる次なる目標とは?
さくら「1年後、2年後、そして3年後もトップでいられるようにスケートボードを続けていきます」
ーーその覚悟と準備はすでにできているということですかね?
さくら「そうですね。これまでもそうでしたけど、これ以上できないっていうくらいスケートボードに乗ってきました。今の結果があるのはそれがあったからなので、今後も今まで通り大好きなスケートボードに乗り続けていくだけですね。それとサポートされているパウエル・ぺラルタから自分のシグネチャーボードがリリースできたら嬉しいかなぁ」
ーーさくらちゃんの活躍を見て・知って憧れを抱いているスケーターや、新たにスケートボードに興味を持った人たちにスケートボードの素晴らしさを伝えるメッセージをお願いします。
さくら「そうだなぁ。スケートボードってコケると痛かったり、難しかったり、辛いことも確かにあるんだけど、ちょっとでも前進すると楽しいことがたくさんある。頑張ることで素晴らしい結果が待っているよ」
ーーそしてこれから日本の女子スケートボードシーンをどのような発展を期待していますか?
さくら「アメリカのようにもっとスケートボードに接することのできる環境が備わってくれるともっとレベルが上がると思います。私が今年のコンテストで良い成績を残しているのも、アメリカで多くのコンクリートパークで練習できたことが一因だし、私の地元の和歌山にも公共のコンクリートパークができたら良いですね」
ーー最後に女子スケートパークのチャンピオン、四十住さくらがいつも心に刻んでいる座右の銘があれば教えて下さい。
さくら「毎日、自分の限界に挑戦しろ」
▶︎スケートボードの超基礎知識を解説する【こちらの記事】もあわせてチェック✅!